「女の年齢《とし》というものは分らんものサ」と三吉も入口の庭に立って、「俺《おれ》は二十五六だろうと思うんだ」
「まさか。あんなにお若くって――二十二三位にしか見えないんですもの」
「独身《ひとり》でいるものは何時までもああサ」
「それに、あんなに派手にしていらっしゃるんですもの」
「そうさナア。あの人にはああいう物は似合わない」
「紫と白の荒い縞《しま》の帯なぞをしめて……あんな若い服装《なり》をして……」
「あの人のはツクルと不可《いけない》。洒瀟《さっぱり》とした平素《ふだん》の服装《なり》の方が可い。縮緬《ちりめん》の三枚重かなんかで撮《と》った写真を見たが、腰から下なぞは見られたものじゃなかった。なにしろ、ああいう気紛《きまぐ》れな人だから、種々な服装をしてみるんだろうよ……ある婦人《おんな》があの人を評した言葉が好い、他《ひと》が右と言えば左、他が白いと言えば黒いッて言うような人だトサ」
「悧好《りこう》そうな方ですねえ。私もああいう悧好な人に成ってみたい――一日でも可いから……ああ、ああ、私の気が利かないのは性分だ……私はその事ばかし考えているんですけれど……」
こう言って、お雪は萎《しお》れた。
直樹とお福とは部屋の方で無心に口笛を吹きかわしていた。
その晩、三吉は直樹やお福を集めて、冷《すず》しい風の来るところで話相手に成った。
「さあ、三人でかわりばんこに一ツずつ話そうじゃ有りませんか」と直樹が言出した。「私が話したらば、その次にお福さん、それから兄さん」
「それじゃ泥棒廻りだわ」とお福が混反《まぜかえ》す。
「そんなら、兄さんから貴方」
「私は出来ません。話すことが無いんですもの」
こう若い人達が楽しそうに言い争った。雑談は何時の間にか骨牌《トランプ》の遊に変った。
「姉さんもお入りなさいよ」と直樹はお雪の方を見て勧めるように言った。
「私は止《よ》します」とお雪は子供の傍で横に成る。
「何故《なぜ》?」と直樹はツマラなさそうに。
「今夜は何だか心地《こころもち》が悪いんですもの――」と言って、お雪は小さな手をシャブっている子供の顔を眺めた。
無邪気な学生時代を思わせるような笑声が起った。「ああ、ツライなあ、運が悪いなあ」などと戯れて、直樹が手に持った札を数える若々しい声を聞くと、何時もお雪は噴飯《ふきだ》さずにいられないのであるが、
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