つやつ》しいほど質素な服装などが早く夫に別れたらしい不幸な生涯を語っていた。今一人は肥え太った、口数のすくない女学生であった。いずれもすこし歩き疲れたという風で、時刻過ぎてからお腹《なか》をこしらえようとしていた。三吉は休茶屋にあるものを取寄せて、この人達をもてなした。
「何卒《どうぞ》おかまい下さいますな。私共は持って参りました……」
と言って、年長《としうえ》の婦人は寂しそうに笑った。山歩きでもするように、宿から用意して来た握飯《むすび》がそこへ取出された。肥った女学生は黙って食った。
やがて、三吉はこの人達を城跡の方へ案内した。桑畠の間を通って、鉄道の踏切を越すと、そこに大きな額の掛った門がある。四人は熱い日の映《あた》った赤土の崖《がけ》に添うて、坂道を上った。高い松だの、アカシヤだのの蔭を落している石垣の側へ出た。
どうかすると、連の二人はズンズン先へ歩いて行って了《しま》った。曾根は深張の洋傘《こうもり》に日を避《よ》けながら、三吉と一緒に連の後を追った。
大きな石を積み上げた古い城跡には、可憐な薔薇《ばら》の花などが咲乱れていた。荒廃した石段を上って、天主台のところへ出ると、長い傾斜の眺望が四人の眼前《めのまえ》に展《ひら》けた。
三吉はその傾斜の裾《すそ》の方を指して見せて、林に続く村落の向にはある風景画家の住居もあることなどを語り聞かせた。曾根は眼を細くして、
「私もこうして人の知らない処へでも来ていたらばと思います」
と眺め入りながら沈み萎《しお》れた。
松林の間を通して、深い谷の一部も下瞰《みおろ》される。そこから、谷底を流れる千曲川《ちくまがわ》も見える。
夕立を帯びた雲の群は山の方角を指して松林の上を急いだ。遽然《にわかに》ザアと降って来た。三吉は天主台近くにある茶屋の二階へ客を案内した。広い座敷へ上って、そこで茶だの菓物《くだもの》だのを取り寄せながら、一緒に降って来る雨を眺めた。廊下の欄《てすり》から手の届くほど近いところには、合歓木《ねむ》や藤が暗く掩《おお》い冠《かぶ》さっていた。雫《しずく》は葉を伝って流れた。
冷々《ひやひや》とした空気は三吉が心の内部《なか》までも侵入《はい》って来た。どうかすると彼は、家の方を思出したような眼付をしながら、夏梨をむく曾根の手を眺めていた、曾根が連の寡婦《やもめ》は宗教の伝
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