内儀さんに逢つた。「此邊には山芋《やまのいも》は有りませんかね。」と私は内儀さんに尋ねて見た。
「ハイ、見にやりませう。生憎只今は何物《なんに》も御座《ござい》ません時でして――野菜も御座ませんし、河魚も捕れませんし。」と内儀さんは氣の毒さうに言ふ。
「芋汁《とろゝ》が出來るなら御馳走して呉れませんか。」
斯う頼んで置いて、それから谷を一※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]りした。吾儕の爲に酒を買ひに行つた子供は、丁度吾儕が散歩して歸つた頃、谷の上の方から降りて來た。
夕方から村の人は温泉に集まつた。この人達はタヾで入りに來るといふ。夕飯前に吾儕が温まりに行くと、湯槽の周圍《まはり》には大人や子供が居て、多少吾儕に遠慮する氣味だつた。吾儕は寧ろ斯の山家の人達と一緒に入浴するのを樂んだ。不相變《あひかはらず》、湯は温《ぬる》かつた。容易に出ることが出來なかつた。吾儕の眼には種々《いろ/\》なものが映つた――激しく勞働する手、荒い茶色の髮、僅かにふくらんだばかりの處女《をとめ》らしい乳房、腫物の出來た痛さうな男の口唇《くちびる》……
夕飯には吾儕の所望した芋汁は出來なかつた。お
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