た。醉へば心地好ささうに寢て了ふのがK君の癖だ。殘る三人は、K君の鼾を聞きながら話し續けた。
翌朝頼んで置いた馬車が來た。吾儕は旅の仕度にいそがしかつた。仕度が出來ると、直に宿の勘定をした。
「K君、僕の方で拂はう。」と私が言つた。
「ナニ僕が出しとくよ。」とK君は懷中《ふところ》から紙入を出しながら答へた。
「ホウ、かゝりましたナ。」とA君は覗いて見た。
「隨分食つたからね。」とK君は笑つた。早速M君は手帳を取出した。
宿からは手拭を呉れた。A君の風呂敷包は地圖やら繪葉書やら腦丸やら、それから修善寺土産やらで急に大きく成つた。吾儕は宿の内儀《おかみ》さんや番頭に送られて、庭の入口からがた馬車に乘つて出掛けた。
天氣は好くても、風は刺すやうに冷かつた。K君、A君、M君、三人とも手拭で耳を掩ふやうにして、その上から帽子を冠つた。私の眼からは復た涙が流れて來た。車中の退屈まぎれに、吾儕は馬丁《べつたう》の喇叭を借りて戲れに吹いて見たが、そんなことから斯の馬丁も打解けて、路傍《みちばた》にある樹木の名、行く先/″\の村落を吾儕に話して聞かせた。斯うして狩野川の谷について、溯つた時は、
前へ
次へ
全27ページ中5ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング