いが、と思つて皆な心配した。
 間もなく船は石室崎《いらうざき》の燈臺を離れた。最初の中は甲板の上もめづらしかつた。吾儕は連に成つた漁夫から、島々の説明を聞いた。神子元島《みこもとじま》、神津島《かうづじま》、大島、其他島々の形を區別することが出來るやうに成つた。吾儕はまた風の寒い甲板の上をあちこちと歩いて、船の構造を見、勇ましさうな海員の生活を想像した。しかし、それは最初の中だけのことで、次第に物憂い動搖を感じた。船は魚を積む爲に港々へ寄つたが、處によると長く手間が取れた。吾儕《われ/\》は其間、空しく不愉快に待つて居た。海から見た陸《をか》は、陸から海を見たほどの變化も無かつた。
 小稻《こいな》といふ處を通つた時、海から舟で通ふ洞《ほらあな》があつた。こゝへ見物に來た男が、細君だけ置いて、五百圓|懷中《ふところ》に入れたまゝ舟から落ちたといふ。是は往きに聞いた話だ。あの洋妾《らしやめん》上りの老婆《ばあさん》とは違つて、金はあつても壽命のない男だと見える。吾儕は斯の不幸な亭主の沈んで居るといふ洞を望んで通つた。
 日暮に近く下田の港へ入つた。幸にA君は醉ひもしなかつた。吾儕は艀を
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