内に腰掛けて食つた。この宿の内儀さんは未だ處女《むすめ》らしいところのある人で、爐邊《ろばた》で吾儕の爲に海苔を炙つた。下女は油差を見るやうな銅《あか》の道具へ湯を入れて出した。こゝの豆腐の露もウマかつた。
 汽船を待つ爲に、艀のあるところへ行つた。其時は男盛りの漁夫《れふし》と船頭親子と一緒だつた。鰹の取れる頃には、其邊は人で埋まるとか、其日は闃寂《しんかん》としたもので、蝦網などが干してあつて、二三の隱居が暢氣に網を補綴《つくろ》つて居た。やがて艀が出た。船頭は斷崖の下に添ふて右に燈臺の見える海の方へ漕いだ。海は斑に見えた。藻のないところだけ透澄《すきとほ》るやうに青かつた。強い、若い、とは言へ※[#「女+無」、第4水準2−5−80]《ひきつ》けるやうに美しい女同志が、赤い脛巾《はゞき》を當てゝ、吾儕の側を勇ましさうに漕いで通つた。それは榮螺《さゞゑ》を取りに行つて歸つて來た舟だつた。丁度駿河灣の方から進んで來た汽船が、左の高い岩の上に飜る旗を目掛けて入つて來て、帆船の一艘碇泊して居るあたりで止つた。吾儕は一緒に成つた漁夫と共に、この汽船へ移つた。A君は船が大嫌ひだ。醉はなければ好
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