落した。こゝの女中も矢張内儀さんと同じやうに、丁寧な、優しい口の利きやうをして、吾儕の爲に温暖《あたゝか》い、心地《こゝろもち》の好い寢床《とこ》を延べて呉れた。吾儕は皆な疲れて横に成つた。
「アヽ、極樂! 極樂!」
 とK君は放擲《はうりだ》すやうな聲を出して、蒲團の中へ潜り込んだ。

「今日も上天氣ですぜ。天氣の具合は實に申分ありませんナ。」
 とA君は宿屋の二階から下田の空を眺めながら言つた。其朝は、伊豆の南端を極める爲に皆な草鞋穿で出掛けることにした。吾儕は勇んで旅仕度を始めた。其時M君は手帳を取出した。兎に角こゝで一度帳面の締くゝりをして、出すものは出す、受取るものは受取るとした。
「二圓と幾干《いくら》僕の方から君へ上げれば可いね。」とA君が言つた。
 M君は私の前に銀貨を置いた。「これは君の受取る分だ。」
「僕も受取るのかい。」と私は言つた。
「君には湯が島で出して貰つたから。」とA君は傍に居て説明した。
 頼んで置いた新しい白足袋が四足來た。皆|十文《ともん》だ。A君の足にはすこし大き過ぎて、ブク/\した。A君はまた宿から脚絆を借りて當てた。旅慣れたK君はその傍へ寄つて
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