しろ》い壁《かべ》なぞがそこへ行《ゆ》くとよく見《み》えました。桑《くは》の實《み》の生《な》る時分《じぶん》には父《とう》さんは桑《くは》の木《き》の側《そば》へ行《い》つて
『食《た》べてもいゝかい。』
とたづねますと、桑《くは》の木《き》は見《み》かけによらない優《やさ》しい木《き》でした。
『あゝ、いゝとも。いゝとも。』
と言《い》つて呉《く》れました。父《とう》さんはうれしくて、あの桑《くは》の木《き》に生《な》る紫色《むらさきいろ》の可愛《かあい》い小《ちひ》さな實《み》を枝《えだ》からちぎつて口《くち》に入《い》れました。
土藏《どざう》の前《まへ》には、柿《かき》の木《き》もありました。父《とう》さんはよくその柿《かき》の木《き》の下《した》へ行《い》つて遊《あそ》びました。柿《かき》の木《き》はまた梨《なし》や桐《きり》の木《き》とちがつて、にぎやかな木《き》で、父《とう》さんが遊《あそ》びに行《ゆ》く度《たび》に何《なに》かしら集《あつ》めたいやうなものが木《き》の下《した》に落《お》ちて居《ゐ》ました。柿《かき》の花《はな》の咲《さ》く時分《じぶん》に行《ゆ》くと
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