聞《き》くと、父《とう》さんは子供心《こどもごゝころ》にもお正月《しやうぐわつ》が山《やま》の中《なか》のお家《うち》へ來《く》ることを知《し》りました。
四 子供《こども》の時分《じぶん》
これから父《とう》さんはお前達《まへたち》に、自分《じぶん》の子供《こども》の時分《じぶん》のことをお話《はなし》[#ルビの「はなし」は底本では「はな」]しようと思《おも》ひます。
父《とう》さんの幼少《ちひさ》な時分《じぶん》には、今《いま》のやうに少年《せうねん》の雜誌《ざつし》といふものも有《あ》りませんでした。お前達《まへたち》のやうに面白《おもしろ》いお伽噺《とぎばなし》の本《ほん》や、可愛《かあ》いらしい繪《ゑ》のついた雜誌《ざつし》なぞを讀《よ》むことも出來《でき》ませんでした。讀《よ》んで見《み》たくも、なんにもさういふお伽噺《とぎばなし》の本《ほん》や雜誌《ざつし》が無《な》いんでせう、おまけに、父《とう》さんの生《うま》れたところは山《やま》の中《なか》の田舍《ゐなか》でせう、そのかはり、幼少《ちひさ》な時分《じぶん》の父《とう》さんには、見《み》るもの聞《き》くものがみんなお伽噺《とぎばなし》でした。
五 荷物《にもつ》を運《はこ》ぶ馬《うま》
『もし/\、お前《まへ》さんは今《いま》歸《かへ》るところですか。』
父《とう》さんがお家《うち》の門《もん》の外《そと》に出《で》て見《み》ますと馬《うま》が近所《きんじよ》の馬方《うまかた》に引《ひ》かれて父《とう》さんの見《み》て居《ゐ》る前《まへ》を通《とほ》ります。この馬《うま》は夕方《ゆふがた》になると、きつと歸《かへ》つて來《く》るのです。
『さうです。今日《けふ》は荷物《にもつ》をつけて隣《となり》の村《むら》まで行《い》つて來《き》ました。』
とその馬《うま》が父《とう》さんに言《い》ひました。
『お前《まへ》さんの首《くび》には好《い》い音《おと》のする鈴《すゞ》がついて居《ゐ》ますね。』
と父《とう》さんが言《いひ》ますと、馬《うま》は首《くび》をふりながら、
『えゝ。私《わたし》が歩《ある》く度《たび》にこの鈴《すゞ》が鳴《な》ります。私《わたし》はこの鈴《すゞ》の音《おと》を聞《き》き乍《なが》らお家《うち》の方《はう》へ歸《かへ》つてまゐります。馬《うま》も荷物《にもつ》をつけて行《ゆ》く時《とき》はなか/\骨《ほね》が折《を》れますが、一|日《にち》の仕事《しごと》をすまして山道《やまみち》を歸《かへ》つて來《く》るのは樂《たのし》みなものですよ。』
さう馬《うま》が言《い》つて、さも自慢《じまん》さうに首《くび》について居《ゐ》る鈴《すゞ》を鳴《な》らして見《み》せました。父《とう》さんのお家《うち》の前《まへ》は木曾街道《きそかいだう》と言《い》つて、鐵道《てつだう》も汽車《きしや》もない時分《じぶん》にはみんなその道《みち》を歩《ある》いて通《とほ》りました。高《たか》い山《やま》の上《うへ》でおまけに坂道《さかみち》の多《おほ》い所《ところ》ですから荷物《にもつ》はこの通《とほ》り馬《うま》が運《はこ》びました。どうかすると五|匹《ひき》も六|匹《ぴき》も荷物《にもつ》をつけた馬《うま》が續《つゞ》いて父《とう》さんのお家《うち》の前《まへ》を通《とほ》ることもありました。男《をとこ》や女《をんな》の旅人《たびびと》を乘《の》せた馬《うま》が馬方《うまかた》に引《ひ》かれて通《とほ》ることもありました。父《とう》さんの聲《こゑ》を掛《か》けたのは、近所《きんじよ》に飼《か》はれて居《ゐ》る馬《うま》で、毎日々々《まいにち/\》隣村《となりむら》の方《はう》へ荷物《にもつ》を運《はこ》ぶのがこの馬《うま》の役目《やくめ》でした。
馬《うま》が自分《じぶん》のお家《うち》へ歸《かへ》つた時分《じぶん》に父《とう》さんはよく馳《か》け出《だ》して行《い》つて見《み》ました。
『御苦勞《ごくらう》。御苦勞《ごくらう》。』
と馬方《うまかた》は馬《うま》を褒《ほ》めまして、馬《うま》の脊中《せなか》にある鞍《くら》をはづしてやつたり馬《うま》の顏《かほ》を撫《な》でゝやつたりしました。それから馬方《うまかた》は大《おほ》きな盥《たらひ》を持《も》つて來《き》まして、馬《うま》に行水《ぎやうずゐ》をつかはせました。
『どうよ。どうよ。』
と馬方《うまかた》が言《い》ひますと、馬《うま》は片足《かたあし》づゝ盥《たらひ》の中《なか》へ入《い》れます。馬《うま》の行水《ぎやうずゐ》は藁《わら》でもつて、びつしより汗《あせ》になつた身體《からだ》を流《なが》してやるのです。父《とう》さんは馬方《うまかた》の家《うち》の前《まへ》に立《た
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