をど》つて歩《ある》きました。
僅《わづ》か一晩《ひとばん》ばかりのうちに竹《たけ》の子《こ》はずんずん大《おほ》きくなりました。雀《すずめ》が寢《ね》て起《お》きて、また竹《たけ》やぶへ遊《あそ》びに行《い》きますと、きのふまで見《み》えなかつたところに新《あたら》しい竹《たけ》の子《こ》が出《で》て來《き》たのがあります。きのふまで小《ちひ》さな竹《たけ》の子《こ》だと思《おも》つたのが、僅《わづ》か一晩《ひとばん》ばかりで、びつくりするほど大《おほ》きくなつたのがあります。
雀《すずめ》はおどろいて、母《かあ》さまのところへ飛《と》んで行《い》きました。母《かあ》さまにその話《はなし》をして、どうしてあの小《ちひ》さな竹《たけ》の子《こ》があんなに急《きふ》に大《おほ》きくなつたのでせうと尋《たづ》ねました。すると母《かあ》さまは可愛《かあい》い雀《すずめ》を抱《だ》きまして、
『お前《まへ》は初《はじ》めて知《し》つたのかい、それが皆《みな》さんのよく言《い》ふ「いのち」(生命)といふものですよ。お前《まへ》たちが大《おほ》きくなるのもみんなその力《ちから》なんですよ。』
と話《はな》してきかせました。

   二 五木《ごぼく》の林《はやし》  

太郎《たらう》よ、次郎《じらう》よ、お前達《まへたち》は父《とう》さんの生《うま》れた山地《やまち》の方《はう》のお話《はなし》を聞きたいと思《おも》ひますか。
檜木《ひのき》、椹《さはら》、明檜《あすひ》、槇《まき》、※[#「木+鼠」、第4水準2−15−57]《ねず》――それを木曾《きそ》の方《はう》では五木《ごぼく》といひまして、さういふ木《き》の生《は》えた森《もり》や林《はやし》があの深《ふか》い谷間《たにあひ》に茂《しげ》つて居《ゐ》るのです。五木《ごぼく》とは、五《いつ》つの主《おも》な木《き》を指《さ》して言《い》ふのですが、まだその他《ほか》に栗《くり》の木《き》、杉《すぎ》の木《き》、松《まつ》の木《き》、桂《かつら》の木《き》、欅《けやき》の木《き》なぞが生《は》えて居《ゐ》ます。樅《もみ》の木《き》、栂《つげ》の木《き》も生《は》えて居《ゐ》ます。それから栃《とち》の木《き》も生《は》えて居《ゐ》ます。太郎《たらう》や次郎《じらう》は一|度《ど》父《とう》さんに隨《つ》いて、三郎《さぶらう》の居《ゐ》る木曾《きそ》の小父《をぢ》さんの家《うち》を訪《たづ》ねたことが有《あ》りましたらう。あの小父《をぢ》さんの家《うち》の前《まへ》から、木曽川《きそがは》の流《なが》れるところを見《み》て來《き》ましたらう。小父《をじ》さんの家《うち》のある木曾福島町《きそふくしままち》は御嶽山《おんたけさん》に近《ちか》いところですが、あれから木曽川《きそがは》について十|里《り》ばかりも川下《かはしも》に神坂村《みさかむら》といふ村《むら》があります。それが父《とう》さんの生《うま》れた村《むら》です。

   三 山《やま》の中《なか》へ來《く》るお正月《しやうぐわつ》

父《とう》さんも昔《むかし》はお前達《まへたち》と同《おな》じやうに、お正月《しやうぐわつ》の來《く》るのを樂《たのし》みにした子供《こども》でしたよ。
お正月《しやうぐわつ》が來《く》る時分《じぶん》になると、父《とう》さんの生《うま》れたお家《うち》では自分《じぶん》のところでお餅《もち》をつきました。そのお餅《もち》は爐邊《ろばた》につゞいた庭《には》でつきましたから、そこへ爺《ぢい》やが小屋《こや》から杵《きね》をかついで來《き》ました。臼《うす》もころがして來《き》ました。お餅《もち》にするお米《こめ》は裏口《うらぐち》の竈《かまど》で蒸《む》しましたから、そこへも手傳《てつだ》ひのお婆《ばあ》さんが來《き》て樂《たの》しい火《ひ》を焚《た》きました。
やがて蒸籠《せいろ》といふものに入《い》れて蒸《む》したお米《こめ》がやはらかくなりますとお婆《ばあ》さんがそれを臼《うす》の中《なか》へうつします。爺《ぢい》やは杵《きね》でもつて、それをつき始《はじ》めます。だんだんお米《こめ》がねばつて來《き》て、お餅《もち》が臼《うす》の中《なか》から生《うま》れて來《き》ます。爺《ぢい》やは力《ちから》一ぱい杵《きね》を振《ふ》り上《あ》げて、それを打《う》ちおろす度《たび》に、臼《うす》の中《なか》のお餅《もち》には大《おほ》きな穴《あな》があきました。お婆《ばあ》さんはまた腰《こし》を振《ふ》りながら、爺《ぢい》やが杵《きね》を振《ふ》り上《あ》げた時《とき》を見計《みはか》つては穴《あな》のあいたお餅《もち》をこねました。
『べつたらこ。べつたらこ。』
その餅《もち》つきの音《おと》を
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