ち》動《うご》いて居《ゐ》ますね。』
と石《いし》が言《い》ひましたら、
『さういふお前《まへ》さんは又《また》、毎日《まいにち》座《すわ》つたきりですね。』
と水車《すゐしや》が答《こた》へました。この水車《すゐしや》は物《もの》を言《い》ふにも、ぢつとして居《ゐ》ないで、廻《まは》りながら返事《へんじ》をして居《ゐ》ました。
風《かぜ》や雪《ゆき》で水車小屋《すゐしやごや》の埋《う》まつてしまひさうな日《ひ》が來《き》ました。石《いし》は毎日《まいにち》座《すわ》つて居《ゐ》るどころか、どうかすると風《かぜ》に吹《ふ》き飛《と》ばされて、板屋根《いたやね》の上《うへ》から轉《ころ》がり落《お》ちさうに成《な》りました。水車《すゐしや》は毎日《まいにち》動《うご》いて居《ゐ》るどころか、吹《ふ》きつける雪《ゆき》に埋《うづ》められまして、まるで車《くるま》の廻《まは》らなくなつてしまつたことも有《あ》りました。
この恐《おそ》ろしい目《め》に逢《あ》つた後《あと》で、屋根《やね》の石《いし》と水車《すゐしや》とが復《ま》た顏《かほ》を合《あは》せました。石《いし》はもう水車《すゐしや》に向《むか》つて、
『お前《まへ》さんは毎日《まいにち》動《うご》いて居《ゐ》ますね。』
とは言《い》はなくなりました。水車《すゐしや》も、もう屋根《やね》の石《いし》に向《むか》つて、
『お前《まへ》さんは毎日《まいにち》座《すわ》つたきりですね。』
とは言《い》はなくなりました。

   五二 炬燵《こたつ》

いろ/\な話《はなし》の出《で》る山家《やまが》のあたゝかい炬燵《こたつ》。
鳥《とり》がとまりに行《ゆ》くところは木《き》です。子供《こども》が冷《つめた》いからだを温《あたゝ》めに行《ゆ》くところは、家《うち》のものゝ顏《かほ》の見《み》られる炬燵《こたつ》です。

   五三 唄《うた》の好《す》きな石臼《いしうす》

石臼《いしうす》ぐらゐ唄《うた》の好《す》きなものは有《あ》りません。石臼《いしうす》ぐらゐ、又《また》、居眠《ゐねむ》りの好《す》きなものも有《あ》りません。
冬《ふゆ》の夜長《よなが》に、粉挽《こなひ》き唄《うた》の一つも歌《うた》つてやつて御覽《ごらん》なさい。唄《うた》の好《す》きな石臼《いしうす》は夢中《むちう》になつて、いくら挽《ひ》いても草臥《くたぶ》れるといふことを知《し》りません。ごろ/\ごろ/\石臼《いしうす》が言《い》ふのは、あれは好《い》い心持《こゝろもち》だからです。もつと、もつと、と唄《うた》を催促《さいそく》して居《ゐ》るのです。
そのかはり、すこし手《て》でもゆるめてやつて御覽《ごらん》なさい。居眠《ゐねむ》りの好《す》きな石臼《いしうす》は何時《いつ》の間《ま》にか動《うご》かなくなつて居《ゐ》ます。そして何時《いつ》までゞも居眠《ゐねむ》りをして居《ゐ》ます。
父《とう》さんのお家《うち》の石臼《いしうす》は青豆《あをまめ》を挽《ひ》くのが自慢《じまん》でした。それを黄粉《きなこ》にして、家中《うちぢう》のものに御馳走《ごちさう》するのが自慢《じまん》でした。山家育《やまがそだ》ちの石臼《いしうす》は爐邊《ろばた》で夜業《よなべ》をするのが好《す》きで、皸《ひゞ》や『あかぎれ』の切《き》れた手《て》も厭《いと》はずに働《はたら》くものゝ好《よ》いお友達《ともだち》でした。

   五四 冬《ふゆ》の贈《おく》り物《もの》

峠《たうげ》の上《うへ》から村《むら》の小學校《せうがくかう》へ通《かよ》ふ生徒《せいと》がありました。近《ちか》いところから通《かよ》ふ他《ほか》の生徒《せいと》と違《ちが》ひまして、子供《こども》の足《あし》で毎日《まいにち》峠《たうげ》の上《うへ》から通《かよ》ふのはなか/\骨《ほね》が折《お》れました。でも、この生徒《せいと》は家《うち》から學校《がくかう》まで歩《ある》いて行《ゆ》く路《みち》が好《す》きで、降《ふ》つても照《て》つても通《かよ》ひました。
寒《さむ》い、寒《さむ》い日《ひ》に、この生徒《せいと》が遠路《とほみち》を通《かよ》つて行《ゆ》きますと、途中《とちう》で知《し》らないお婆《ばあ》さんに逢《あ》ひました。
『生徒《せいと》さん、今日《こんち》は。』
とそのお婆《ばあ》さんが聲《こゑ》を掛《か》けました。お婆《ばあ》さんは通《とほ》り過《す》ぎて行《い》つてしまはないで、
『生徒《せいと》さん、今日《けふ》も學校《がくかう》ですか。この寒《さむ》いのに、よくお通《かよ》ひですね。毎日々々《まいにち/\》さうして精出《せいだ》して下《くだ》さると、このお婆《ばあ》さんも御褒美《ごほうび》をあげますよ。』
と言《い》ひました。

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