」の左上が「幸」、178−8]《あつ》い灰《はひ》の中《なか》に埋《う》まつて居《ゐ》た柿《かき》の穴《あな》からは、ぷう/\澁《しぶ》を吹出《ふきだ》しまして、燒《や》けた柿《かき》がそこへ出來上《できあが》りました。
『さあ、私《わたくし》も食《た》べて見《み》て下《くだ》さい。』
とその柿《かき》が父《とう》さんに御馳走《ごちさう》して呉《く》れるのを貰《もら》ひまして、黒《くろ》く燒《や》[#「ルビの「や」は底本では「た」]けた柿《かき》の皮《かは》をむきましたら、軒下《のきした》に釣《つ》るして乾《ほ》した柿《かき》でもなく、霜《しも》に逢《あ》つて甘《あま》くなつた柿《かき》でもなく、その爐邊《ろばた》でなければ食《た》べられないやうな、おいしい變《かは》つた味《あぢ》の柿《かき》でした。
四九 山《やま》の中《なか》へ來《く》る冬《ふゆ》
東京《とうきやう》で『ネツキ』といふ子供《こども》の遊《あそ》びのことを父《とう》さんの田舍《ゐなか》では『シヨクノ』と言《い》ひます。山《やま》の中《なか》は山《やま》の中《なか》なりに子供《こども》の遊《あそ》びにも流行《はやり》がありまして、一頃《ひところ》『シヨクノ』が村中《むらぢう》に流行《はや》りました。どこの田圃側《たんぼわき》へ行《い》つて見《み》ても、どこの畠《はたけ》の隅《すみ》へ行《い》つて見《み》ても、子供《こども》といふ子供《こども》の集《あつ》まつて居《ゐ》るところでは、その遊《あそ》びが始《はじ》まつて居《ゐ》ました。
枯々《かれ/″\》とした裏庭《うらには》に出《で》て、父《とう》さん達《たち》は『シヨクノ』の遊《あそ》びにする細《こまか》い木《き》を探《さが》したり、それを手《て》ごろの長《なが》さに切《き》つたり、地《ぢ》べたへよく打《う》ちこめるやうに先《さき》の方《はう》を尖《とが》らせたり、時《とき》にはもう幾度《いくたび》か勝負《しやうぶ》[#ルビの「しやうぶ」は底本では「やうぶ」]をした揚句《あげく》に土《つち》のついて齒《は》のこぼれたやつを削《けづ》り直《な》したりして遊《あそ》びました。父《とう》さん達《たち》がそんな子供《こども》らしいことをして居《ゐ》る間《ま》に、爺《ぢい》やはまた木曾風《きそふう》な背負梯子《しよひばしご》を肩《かた》にかけ、鉈《なた》を腰《こし》に差《さ》しまして、木《き》の枝《えだ》をおろすために林《はやし》の方《はう》へと出掛《でか》けました。
山《やま》の中《なか》へ來《く》る冬《ふゆ》は、斯《か》うして冬《ふゆ》ごもりの支度《したく》にかゝる爺《ぢい》やのところへも、『シヨクノ』の遊《あそ》びに夢中《むちう》になつて居《ゐ》る父《とう》さん達《たち》のところへも一|緒《しよ》にやつて來《き》ました。
黒《くろ》い枯枝《かれえだ》や黒《くろ》い木《き》の見《み》えるお家《うち》の裏《うら》の桑畠《くはばたけ》の側《わき》で、毎朝《まいあさ》爺《ぢい》やはそこいらから集《あつ》めて來《き》た落葉《おちば》を焚《た》きました。朝《あさ》の焚火《たきび》は、寒《さむ》い冬《ふゆ》の來《く》るのを樂《たの》しく思《おも》はせました。
五○ 木曾《きそ》の燒米《やきごめ》
木曾《きそ》の燒米《やきごめ》といふものは青《あを》いやわらかい稻《いね》の香氣《にほひ》がします。
『お師匠《ししやう》さまが好《す》きだから。』
と言《い》つて、お勇《ゆう》さんの家《うち》からも、つきたての燒米《やきごめ》をよく祖父《おぢい》さんのところへ貰《もら》ひました。父《とう》さんのお家《うち》の祖父《おぢい》さんは好《す》きな燒米《やきごめ》をかみながら、本《ほん》を讀《よ》んで居《ゐ》たやうな人かと思《おも》ひます。
お勇《ゆう》さんの家《うち》では毎年《まいねん》酒《さけ》を造《つく》りましたから、裏《うら》の酒藏《さかぐら》の前《まへ》の大《おほ》きな釜《かま》でお米《こめ》を蒸《む》しました。それを『うむし』と言《い》つて、重箱《ぢゆうばこ》につめては父《とう》さんのお家《うち》へも分《わ》けて呉《く》れました。あの『うむし』も、父《とう》さんの子供《こども》の時分《じぶん》に好《す》きなものでした。
五一 屋根《やね》の石《いし》と水車《すゐしや》
屋根《やね》の石《いし》は、村《むら》はづれにある水車小屋《すゐしやごや》の板屋根《いたやね》の上《うへ》の石《いし》でした。この石《いし》は自分《じぶん》の載《の》つて居《ゐ》る板屋根《いたやね》の上《うへ》から、毎日々々《まいにち/\》水車《すゐしや》の廻《まは》るのを眺《なが》めて居《ゐ》ました。
『お前《まへ》さんは毎日《まいに
前へ
次へ
全43ページ中33ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング