《はう》の鳥屋《とや》へ遊《あそ》びに行《い》つた時《とき》のことをお話《はなし》しませう。
鳥屋《とや》は小鳥《ことり》を捕《と》るために造《つく》つてある小屋《こや》のことです。何方《どつち》を向《む》いても山《やま》ばかりのやうなところに、その小屋《こや》が建《た》てゝあります。屋根《やね》の上《うへ》は木《き》の葉《は》で隱《かく》して、空《そら》を通《とほ》る小鳥《ことり》の眼《め》につかないやうにしてあります。その小屋《こや》の周圍《まはり》に、細《ほそ》い丈夫《ぢやうぶ》な糸《いと》で編《あ》んだ鳥網《とりあみ》の大《おほ》きなのが二つも三つも張《は》つてあるのです。網《あみ》を張《は》つた高《たか》い竹竿《たけざを》には鳥籠《とりかご》が掛《かゝ》つて居《ゐ》ました。その中《なか》には囮《をとり》が飼《か》つてありまして、小鳥《ことり》の群《むれ》が空《そら》を通《とほ》る度《たび》に好《い》い聲《こゑ》で呼《よ》びました。
『もし/\、鶫《つぐみ》さん。』
この囮《をとり》になる鳥《とり》の呼聲《よびごゑ》は、春先《はるさき》から稽古《けいこ》をした聲《こゑ》ですから、高《たか》い空《そら》の方《はう》までよく徹《とほ》りました。それを聞《き》きつけた小鳥《ことり》の先達《せんだつ》が好《い》い聲《こゑ》に誘《さそ》はれて降《お》りて來《き》ますと、他《ほか》の小鳥《ことり》も同《おな》じやうに空《そら》から舞《ま》ひ降《お》りて來《き》ます。
その時《とき》、降《お》りて來《き》た小鳥《ことり》をびつくりさせるものは、急《きふ》に横合《よこあひ》から飛出《とびだ》す薄黒《うすぐろ》いものと、鷹《たか》の羽音《はおと》でもあるやうなプウ/\唸《うな》つて來《く》る音《おと》です。
『これは堪《たま》らん。』
と小鳥《ことり》の先達《せんだつ》は張《は》つてある網《あみ》の中《なか》へ飛《と》び込《こ》みます。他《ほか》の小鳥《ことり》もあはてまして、みんな網《あみ》の中《なか》へ飛《と》び込《こ》みます。鳥屋《とや》で捕《と》れる小鳥《ことり》はこんな風《ふう》にして網《あみ》にかゝりますが、小鳥《ことり》をびつくりさせたのは他《ほか》のものでも有《あ》りません。横合《よこあひ》から飛出《とびだ》した薄黒《うすくろ》いものは、鳥屋《とや》で人《ひと》の振《ふ》る竹竿《たけざを》の先《さき》についた古《ふる》い手拭《てぬぐひ》か何《なに》かの布《きれ》でした。鷹《たか》の羽音《はおと》でもあるやうに唸《うな》つて來《き》た音《おと》は、その竹竿《たけざを》を手《て》にした人《ひと》が口端《くちばた》を尖《とが》らせてプウ/\何《なに》か吹《ふ》く眞似《まね》をして見《み》せた聲《こゑ》でした。
鳥屋《とや》で捕《と》れる小鳥《ことり》は、一朝《ひとあさ》に六十|羽《ぱ》や七十|羽《ぱ》ではきかないと言《い》ひました。この小鳥《ことり》の捕《と》れる頃《ころ》には、村《むら》の子供《こども》はそろ/\猿羽織《さるばおり》を着《き》ました。急《きふ》に降《ふ》つて來《き》て、また急《きふ》に止《や》んでしまふやうな雨《あめ》も、深《ふか》い林《はやし》を通《とほ》りました。
四八 爐邊《ろばた》
爺《ぢい》やが山《やま》から茸《きのこ》を採《と》つて來《き》たり、栗《くり》を拾《ひろ》つて來《き》たりする頃《ころ》は、お家《うち》の爐邊《ろばた》の樂《たの》しい時《とき》でした。
爺《ぢい》やは爐《ろ》で栗《くり》を燒《や》いて、友《とも》さんや父《とう》さんに分《わ》けて呉《く》れるのを樂《たのし》みにして居《ゐ》ました。ある晩《ばん》、爺《ぢい》やが裏《うら》のお稻荷《いなり》さまの側《わき》から拾《ひろ》つて來《き》た大《おほ》きな栗《くり》を爐《ろ》にくべまして、おいしさうな燒栗《やきぐり》のにほひをさせて居《ゐ》ますと、それを爐邊《ろばた》の板《いた》の上《うへ》で羨《うらや》ましさうに見《み》て居《ゐ》た澁柿《しぶかき》がありました。
『庄吉爺《しやうきちぢい》さん、栗《くり》の澁《しび》が燒《や》けてそんなに香《かう》ばしさうになるものなら、一《ひと》つ私《わたくし》も燒《や》いて見《み》て呉《く》れませんか。』
とその澁柿《しぶかき》が言《い》ひました。
爺《ぢい》やは父《とう》[#ルビの「とう」は底本では「う」]さんの見《み》て居《ゐ》る前《まへ》で、爐邊《ろばた》にある太《ふと》い鐵《てつ》の火箸《ひばし》を取出《とりだ》しました。それで澁柿《しぶかき》に穴《あな》をあけました。栗《くり》を燒《や》くと同《おな》じやうにその澁柿《しぶかき》を爐《ろ》にくべました。そのうちに、※[#「熱
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