聞《き》くと、父《とう》さんは子供心《こどもごゝころ》にもお正月《しやうぐわつ》が山《やま》の中《なか》のお家《うち》へ來《く》ることを知《し》りました。
四 子供《こども》の時分《じぶん》
これから父《とう》さんはお前達《まへたち》に、自分《じぶん》の子供《こども》の時分《じぶん》のことをお話《はなし》[#ルビの「はなし」は底本では「はな」]しようと思《おも》ひます。
父《とう》さんの幼少《ちひさ》な時分《じぶん》には、今《いま》のやうに少年《せうねん》の雜誌《ざつし》といふものも有《あ》りませんでした。お前達《まへたち》のやうに面白《おもしろ》いお伽噺《とぎばなし》の本《ほん》や、可愛《かあ》いらしい繪《ゑ》のついた雜誌《ざつし》なぞを讀《よ》むことも出來《でき》ませんでした。讀《よ》んで見《み》たくも、なんにもさういふお伽噺《とぎばなし》の本《ほん》や雜誌《ざつし》が無《な》いんでせう、おまけに、父《とう》さんの生《うま》れたところは山《やま》の中《なか》の田舍《ゐなか》でせう、そのかはり、幼少《ちひさ》な時分《じぶん》の父《とう》さんには、見《み》るもの聞《き》くものがみんなお伽噺《とぎばなし》でした。
五 荷物《にもつ》を運《はこ》ぶ馬《うま》
『もし/\、お前《まへ》さんは今《いま》歸《かへ》るところですか。』
父《とう》さんがお家《うち》の門《もん》の外《そと》に出《で》て見《み》ますと馬《うま》が近所《きんじよ》の馬方《うまかた》に引《ひ》かれて父《とう》さんの見《み》て居《ゐ》る前《まへ》を通《とほ》ります。この馬《うま》は夕方《ゆふがた》になると、きつと歸《かへ》つて來《く》るのです。
『さうです。今日《けふ》は荷物《にもつ》をつけて隣《となり》の村《むら》まで行《い》つて來《き》ました。』
とその馬《うま》が父《とう》さんに言《い》ひました。
『お前《まへ》さんの首《くび》には好《い》い音《おと》のする鈴《すゞ》がついて居《ゐ》ますね。』
と父《とう》さんが言《いひ》ますと、馬《うま》は首《くび》をふりながら、
『えゝ。私《わたし》が歩《ある》く度《たび》にこの鈴《すゞ》が鳴《な》ります。私《わたし》はこの鈴《すゞ》の音《おと》を聞《き》き乍《なが》らお家《うち》の方《はう》へ歸《かへ》つてまゐります。馬《うま》も荷物《にも
前へ
次へ
全86ページ中5ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング