《きじ》の話《はなし》、それから奧山《おくやま》の方《はう》に住《す》むといふ恐《おそ》ろしい狼《おほかみ》や山犬《やまいぬ》の話《はなし》なぞを聞《き》きましたが、そのうちに眠《ねむ》くなつて、爺《ぢい》やの話《はなし》を聞《き》きながら爐邊《ろばた》でよく寢《ね》てしまひました。
一二 草摘《くさつ》みに
父《とう》さんの幼少《ちひさ》な時分《じぶん》には、お錢《あし》といふものを持《も》たせられませんでしたから、それが癖《くせ》になつて、お錢《あし》は子供《こども》の持《も》つものでないと思《おも》つて居《ゐ》ましたし、巾着《きんちやく》からお錢《あし》を出《だ》して自分《じぶん》の好《す》きなものを買《か》ふことも知《し》りませんでした。お家《うち》からお錢《あし》を貰《もら》つて行《い》つて何《なに》か買《か》ふのは、村《むら》の祭禮《おまつり》の時《とき》ぐらゐのものでした。
そのかはり、お庭《には》にある柿《かき》や梨《なし》なぞが生《な》りたての新《あたら》しい果物《くだもの》を父《とう》さんに御馳走《ごちそう》して呉《く》れました。祖母《おばあ》さんが朴《ほほ》の木《き》の葉《は》で包《つゝ》んで下《くだ》さる※[#「熱」の左上が「幸」、50−3]《あつ》い握飯《おむすび》の香《にほひ》でも嗅《か》いだ方《はう》が、お錢《あし》を出《だ》して買《か》つたお菓子《くわし》より餘程《よほど》おいしく思《おも》ひました。お家《うち》の外《そと》を歩《ある》き廻《まは》つても、石垣《いしがき》のところには黄色《きいろ》い木苺《きいちご》の實《み》が生《な》つて居《ゐ》るし、竹籔《たけやぶ》のかげの高《たか》い榎木《えのき》の下《した》には、香《かん》ばしい小《ちひ》さな實《み》が落《お》ちて居《ゐ》ました。村《むら》のはづれには「けんぽ梨《なし》」といふ木《き》もあつて、高《たか》い枝《えだ》の上《うへ》に珊瑚珠《さんごじゆ》のやうな實《み》が生《な》る時分《じぶん》には木曽路《きそぢ》を通《とほ》る旅人《たびびと》はめづらしさうに仰向《あうむ》いて見《み》て行《ゆ》きましたが、その實《み》も取《と》れば食《た》べられて甘《うま》い味《あぢ》がしました。そればかりではありません、山《やま》にある木《き》の葉《は》、田圃《たんぼ》にある草《くさ》の
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