中《なか》にも『食《た》べられるからおあがり。』と言《い》つてくれるのもありました。
「スイ葉《は》」と言《い》つて、青《あを》い木《き》の葉《は》の生《なま》で食《た》べられるものもありました。草《くさ》では「いたどり」や「すいこぎ」が食《た》べられましたが、あの「すいこぎ」の莖《くき》を採《と》つて來《き》てお家《うち》で鹽漬《しほづけ》をして遊《あそ》ぶこともありました。
『手《て》をお出《だ》し。私《わたし》もおいしいものを上《あ》げますよ。』
父《とう》さんが石垣《いしがき》の側《そば》を通《とほ》る度《たび》に、蛇苺《へびいちご》が左樣《さう》言《い》つては父《とう》さんを誘《さそ》ひました。蛇苺《はびいちご》は毒《どく》だと言《い》ひます。それを父《とう》さんも聞《き》いて知《し》つて居《ゐ》ました。あの眼《め》のさめるやうな紅《あか》い蛇苺《へびいちご》の實《み》が甘《うま》いことを言《い》つてよく父《とう》さんを誘《さそ》ひましたが、そればかりは觸《さは》りませんでした。
父《とう》さんの幼少《ちひさ》い時分《じぶん》に抱《だ》いたり背負《おぶ》つたりして呉《く》れたお雛《ひな》は、斯《か》ういふ山家《やまが》に生《うま》れた女《をんな》でした。筍《たけのこ》の皮《かは》を三|角《かく》に疊《たゝ》んで、中《なか》に紫蘇《しそ》の葉《は》の漬《つ》けたのを入《い》れて、よくそれを父《とう》さんに呉《く》れたのもお雛《ひな》でした。それを吸《す》へば紫蘇《しそ》の味《あぢ》がして、チユー/\吸《す》ふうちに、だん/\筍《たけのこ》の皮《かは》が赤《あか》く染《そま》つて來《く》るのも嬉《うれ》しいものでした。このお雛《ひな》は村《むら》の髮結《かみゆひ》の娘《むすめ》でした。お雛《ひな》のお父《とう》さんは數衛《かずゑ》といふ名《な》で、男《をとこ》の髮結《かみゆひ》でしたが、村中《むらぢう》で一|番《ばん》汚《きたな》いといふ評判《ひやうばん》の人《ひと》でした。その汚《きたな》い髮結《かみゆひ》の家《いへ》のお雛《ひな》に育《そだ》てられると言《い》つて、父《とう》さんは人《ひと》に調戯《からかは》れたものです。
『やあ數衛《かずゑ》の子《こ》だ。』
こんなことを言《い》つて惡戯好《いたづらず》きな人達《ひとたち》は父《とう》さんまで汚《きたな》
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