は。』
と言《い》ひますと、お馴染《なじみ》の馬《うま》は鼻《はな》から白《しろ》い氣息《いき》を出《だ》して笑《わら》ひながら
『やあ、今日《こんにち》は、お前《まへ》さんも竹馬《たけうま》ですね。』
と挨拶《あいさつ》しました。美濃《みの》の中津川《なかつがは》といふ町《まち》の方《はう》から、いろ/\な物《もの》を脊中《せなか》につけて來《き》て呉《く》れるのも、あの馬《うま》でした。時《とき》には父《おう》さんの村《むら》なぞに無《な》いめづらしい玩具《おもちや》や、父《とう》さんの好《す》きな箱入《はこいり》の羊羹《やうかん》を隣《となり》の國《くに》の方《はう》から土産《みやげ》につけて來《き》て呉《く》れるのも、あの馬《うま》でした。
『雪《ゆき》が降《ふ》つて樂《たのし》みでせうね。』
と馬《うま》が言《い》ひましたが、雪《ゆき》が降《ふ》れば馬《うま》でも嬉《うれ》しいかと父《とう》さんは思《おも》ひました。山《やま》の中《なか》へ來《く》る冬《ふゆ》やお正月《しやうぐわつ》には、お前達《まへたち》の知《し》らないやうな樂《たのし》さもありますね。氷滑《こほりすべ》りや竹馬《たけうま》で凍《こゞ》へた手《て》をお家《うち》の爐邊《ろばた》の火《ひ》にあぶるのも樂《たのし》みでした。
一一 庄吉爺《しやうきちぢい》さん
お前達《まへたち》は荒神《くわうじん》さまを知《し》つて居《ゐ》ませう。ほら、臺所《だいどころ》の竈《かまど》の上《うへ》に祭《まつ》る神《かみ》さまのことを荒神《くわうじん》さまと言《い》ひませう。あゝして火《ひ》を鎭《しづ》める神《かみ》さまばかりでなく、父《とう》さんの田舍《ゐなか》では種々《いろ/\》なものを祭《まつ》りました。
繭玉《まゆだま》のかたちを、しんこで造《つく》つてそれを竹《たけ》の枝《えだ》にさげて、お飼蠶《かいこ》さまを守《まも》つて下《くだ》さる神《かみ》さまをも祭《まつ》りました。病氣《びやうき》で倒《たふ》れた馬《うま》のためには、馬頭觀音《ばとうくわんおん》を祭《まつ》りました。歩《ある》いて通《とほ》る旅人《たびびと》の無事《ぶじ》を祈《いの》るためには、道祖神《だうそじん》を祭《まつ》りました。
父《とう》さんは爺《ぢい》やに連《つ》れられて、山《やま》の神《かみ》さまへお餅《もち》をあ
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