らです。木曾《きそ》は山《やま》に圍《かこ》まれた深《ふか》い谷間《たにあひ》のやうなところですから、どうしても峠《たうげ》一《ひと》つだけは越《こ》さなければ成《な》らなかつたのです。何《なん》と言《い》つても父《とう》さんはまだ幼少《ちひさ》かつたものですから、友伯父《ともをぢ》さんや吉《きち》さんのやうには歩《ある》けませんでした。
『さあ、金米糖《こんぺいたう》を出《だ》すから、もつと早《はや》くお歩《ある》き。』
と伯父《をぢ》さんに言《い》はれましても、父《とう》さんの足《あし》はなか/\前《まへ》[#「ルビの「まへ」は底本では「まい」]へ進《すゝ》まなくなりました。
伯父《をぢ》さんの金米糖《こんぺいたう》に勵《はげ》まされて、復《ま》た父《とう》さんも石《いし》ころの多《おほ》い山坂《やまさか》を登《のぼ》つて行《い》きましたが、そのうちに日《ひ》が暮《く》れかゝりさうに成《な》つて來《き》ました。伯父《をぢ》さんはもう困《こま》つてしまつて、父《とう》さんの締《し》めて居《ゐ》る帶《おび》に手拭《てぬぐひ》を結《ゆは》ひつけ、その手拭《てぬぐひ》で父《とう》さんを引《ひ》いて行《い》くやうにして呉《く》れました。

   六八 沓掛《くつかけ》の温泉宿《をんせんやど》

今《いま》だに父《とう》さんはあの『みさやま峠《たうげ》』の山越《やまご》しを忘《わす》れません。草臥《くたぶ》れた足《あし》をひきずつて行《い》きまして、日暮方《ひくれがた》の山《やま》の裾《すそ》の方《はう》にチラ/\チラ/\燈火《あかり》のつくのを望《のぞ》んだ時《とき》の嬉《うれ》しかつた心持《こゝろもち》をも忘《わす》れません。
その燈火《あかり》のついて居《ゐ》るところが、沓掛《くつかけ》の温泉宿《をんせんやど》でした。

   六九 乘合馬車《のりあひばしや》

沓掛《くつかけ》まで行《い》きましたら、やうやくその邊《へん》から中仙道《なかせんだう》を通《かよ》ふ乘合馬車《のりあひばしや》がありました。
それから父《とう》さんは伯父《をぢ》さんや吉《きち》さんや友伯父《ともをぢ》さんと一緒《いつしよ》に東京行《とうきやうゆき》の馬車《ばしや》に乘《の》りまして、長《なが》い長《なが》い中仙道《なかせんだう》の街道《かいだう》を晝《ひる》も夜《よる》も乘《の》りつゞけに
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