の方《はう》まで行《ゆ》けば山《やま》の間《あひだ》を流《なが》れて來《く》る谷川《たにがは》がなくもありませんが、人家《じんか》の近《ちか》くにはそれもありませんでした。そこで峠《たうげ》の方《はう》から清水《しみづ》を引《ひ》いて、それを溜《た》める塲所《ばしよ》が造《つく》つてあつたのです。何《なん》といふ好《よ》い清水《しみづ》が長《なが》い樋《とひ》を通《とほ》つて、どん/\流《なが》れて來《き》ましたらう。父《とう》さんが輪《わ》でも廻《まは》しながら遊《あそ》びに行《い》つて見《み》ますと、流《なが》れて來《き》た水《みづ》が大《おほ》きな箱《はこ》の中《なか》に澄《す》んで溜《た》まつて居《ゐ》ます。その水《みづ》が箱《はこ》から溢《あふ》れて村《むら》の下《しも》の方《はう》へ流《なが》れて行《ゆ》きます。天秤棒《てんびんぼう》で兩方《りやうはう》の肩《かた》に手桶《てをけ》をかついだ近所《きんじよ》の女達《をんなたち》がそこへ水汲《みづくみ》に集《あつ》まつて來《き》ます。水《みづ》の不自由《ふじいう》なところに生《うま》れた父《とう》さんは特別《とくべつ》にその清水《しみづ》のあるところを樂《たのし》く思《おも》ひました。みんなが威勢《ゐせい》よく水《みづ》を汲《く》んだり擔《かつ》いだりするのを見《み》るのも樂《たのし》く思《おも》ひました。そればかりではありません。父《とう》さんが子供《こども》の時分《じぶん》から水《みづ》といふものを大切《たいせつ》に思《おも》ひ、ずつと大《おほ》きくなつても水《みづ》の流《なが》れて居《ゐ》るのを見《み》るのが好《す》きで、水《みづ》の音《おと》を聞《き》くのも好《す》きなのは、斯《か》うして水《みづ》に不自由《ふじいう》な田舍《ゐなか》に生《うま》れたからだと思《おも》ひます。
父《とう》さんのお家《うち》には井戸《ゐど》が掘《ほ》つてありました。その井戸《ゐど》は柄杓《ひしやく》で水《みづ》の汲《く》めるやうな淺《あさ》い井戸《ゐど》ではありません。釣《つ》いても、釣《つ》いても、なか/\釣瓶《つるべ》の上《あが》つて來《こ》ないやうな、深《ふか》い/\井戸《ゐど》でした。
父《とう》さんの祖母《おばあ》さんの隱居所《いんきよじよ》になつて居《ゐ》た二|階《かい》と土藏《どざう》の間《あひだ》を通《
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