をご》りまして、草臥《くたぶ》れて行《ゆ》つた足《あし》を休《やす》ませて呉《く》れました。

   六五[#「五」は底本では「七」] 浦島太郎《うらしまたらう》の釣竿《つりざを》

寢覺《ねざめ》には、浦島太郎《うらしまたらう》の釣竿《つりざを》といふものが有《あ》りました。それも伯父《をぢ》さんの話《はな》して呉《く》れたことですが、浦島太郎《うらしまたらう》の釣《つり》をしたといふ岩《いは》もありました。それから、あの浦島太郎《うらしまたらう》が龍宮《りうぐう》から歸《かへ》つて來《き》まして自分《じぶん》の姿《すがた》をうつして見《み》たといふ池《いけ》もありました。
木曾《きそ》の人《ひと》は昔《むかし》からお伽話《とぎばなし》が好《す》きだつたと見《み》えますね。岩《いは》にも、池《いけ》にも、釣竿《つりざを》にも、こんなお伽話《とぎばなし》が殘《のこ》つて、それを昔《むかし》から言《い》ひ傳《つた》へて居《ゐ》ます。

   六六 棧橋《かけはし》の猿《さる》

『もし/\、お前《まへ》さんの背中《せなか》に負《しよ》つて居《ゐ》るのは何《なん》ですか。』
木曾《きそ》の棧橋《かけはし》といふところの休茶屋《やすみぢやや》に飼《か》つてあるお猿《さる》さんが、そんなことを父《とう》さんに尋ね《たづ》ねました。
父《とう》さんは小《ちひ》さな鞄《かばん》を風呂敷包《ふろしきづゝみ》にしまして、それを自分《じぶん》の背中《せなか》に負《しよ》つて居《ゐ》ましたから、
『お猿《さる》さん、これは祖母《おばあ》さんがおせんべつに呉《く》れてよこしたのです。途中《とちう》で退屈《たいくつ》した時《とき》におあがりと言《い》つて、祖母《おばあ》さんが呉《く》れてよこした金米糖《こんぺいたう》です。わたしはこれから東京《とうきやう》へ修業《しうげふ》に行《ゆ》くところですが、この棧橋《かけはし》まで來《く》るうちに、金米糖《こんぺいたう》も大分《だいぶ》すくなくなりました。』
とお猿《さる》さんに話《はな》して聞《き》かせました。
このお猿《さる》さんの飼《か》つてあるところは高《たか》い崖《がけ》の下《した》でした。橋《はし》の下《した》を流《なが》れる木曽川《きそがは》がよく見《み》えて、深《ふか》い山《やま》の中《なか》らしい、景色《けしき》の好《い》いところ
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