う》さんはお雛《ひな》の家《うち》へも遊《あそ》びに行《い》つて見《み》ました。幼少《ちひさ》い時分《じぶん》から父《とう》さんを抱《だ》いたり負《おぶ》つたりして呉《く》れたあのお雛《ひな》の家《うち》へも、もう遊《あそ》びに行《ゆ》かれないかと思《おも》ひまして、お別《わか》れを告《つ》げるつもりもなく遊《あそ》びに行《ゆ》く氣《き》になつたのです。お雛《ひな》の父親《ちゝおや》の名《な》は數衛《かずゑ》と言《い》つて村《むら》でもきたないので評判《ひやうばん》な髮結《かみゆひ》ですとは、前《まへ》にもお話《はなし》して置《お》いたと思《おも》ひます。日頃《ひごろ》父《とう》さんはそのきたない髮結《かみゆひ》の子《こ》に育《そだ》てられたと言《い》つて村《むら》[#ルビの「むら」は底本では「む」]の人達《ひとたち》にからかはれて居《ゐ》ましたから、數衛《かずゑ》の家《うち》へ遊《あそ》びに行《ゆ》くところを誰《たれ》かに見《み》つけられたら、復《ま》た人《ひと》にからかはれると思《おも》ひました。そこで父《とう》さんはお墓參《はかまゐ》りに行《ゆ》く道《みち》の方《はう》から、成《な》るべく知《し》つた人《ひと》に逢《あ》はない田圃《たんぼ》の側《わき》を通《とほ》りまして、こつそりと出掛《でか》けて行《ゆ》きました。
數衛《かずゑ》の家《うち》は村《むら》の中《なか》でもずつと坂《さか》の下《した》の方《はう》にありました。父《とう》さんの小學校《せうがくかう》友達《ともだち》に扇屋《あふぎや》の金太郎《きんたらう》さんといふ子供《こども》がありましたが、その金太郎《きんたらう》さんの家《うち》よりもまだずつと下《した》の方《はう》でした。父《とう》さんが遊《あそ》びに行《ゆ》きましたら、數衛《かずゑ》は大層《たいそう》よろこびまして、爐《ろ》にかけたお鍋《なべ》で菜飯《なめし》をたいて呉《く》れました。それからお茄子《なす》の味噌汁《おみおつけ》をもこしらへまして、お別《わか》れに御馳走《ごちさう》して呉《く》れました。藁《わら》で編《あ》んだ莚《むしろ》の敷《し》いてある爐邊《ろばた》で、數衛《かずゑ》のこしらへて呉《く》れた味噌汁《おみおつけ》はお茄子《なす》の皮《かは》もむかずに入《い》れてありました。たゞそれが輪切《わぎ》りにしてありました。しかし父
前へ 次へ
全86ページ中73ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング