《とう》さんは後《あと》にも前《まへ》にも、あんなおいしい味噌汁《おみおつけ》を食《た》べたと思《おも》つたことは有《あ》りません。

   五九 さやうなら

お家《うち》を出《で》る日《ひ》が來《き》ました。
その前《まへ》の日《ひ》に、曾祖母《ひいおばあ》さんは友伯父《ともをぢ》[#ルビの「ともをぢ」は底本では「ともぢ」]さんと父《とう》さんを側《そば》へ呼《よ》びましてお家《うち》の爐邊《ろばた》でいろ/\なことを言《い》つて聞《き》かせて呉《く》れました。父《とう》さんはこの年《とし》とつた曾祖母《ひいおばあ》さんがお膳《ぜん》にむかひながら、お別《わか》れの涙《なみだ》を流《なが》したことをよく覺《おぼ》えて居《ゐ》ます。でも曾祖母《ひいおばあ》さんはしつかりとした氣象《きしやう》の人《ひと》で、父《とう》さん達《たち》がお家《うち》を出《で》る日《ひ》には、もう涙《なみだ》を見《み》せませんでした。
伯父《をぢ》さんに附《つ》いて東京《とうきやう》へ行《ゆ》く父《とう》さんの道連《みちづれ》には、吉《きち》さんといふ少年《せうねん》もありました。吉《きち》さんはお隣《とな》りの大黒屋《だいこくや》の子息《むすこ》さんで、鐵《てつ》さんやお勇《ゆう》さんの兄《にい》さんに當《あた》る人《ひと》でした。この人《ひと》は父《とう》さん達《たち》と違《ちが》ひまして、眼《め》の療治《れうぢ》に東京《とうきやう》まで出掛《でか》[#ルビの「でか」は底本では「でかけ」]けるといふことでした。なにしろ父《とう》さんはまだ九|歳《さい》の少年《せうねん》でしたから、草鞋《わらぢ》をはくといふ事《こと》も出來《でき》ません。そこで爺《ぢい》やが小《ちひ》さな麻裏草履《あさうらざうり》を見《み》つけて來《き》まして、踵《かゞと》の方《はう》に紐《ひも》をつけて呉《く》れました。
父《とう》さんはその新《あたら》しい草履《ざうり》をはいた足《あし》で、お家《うち》の臺所《だいどころ》の外《そと》に遊《あそ》んで居《ゐ》る鷄《にはとり》を見《み》に行《ゆ》きました。大《おほ》きな玉子《たまご》をよく父《とう》さんに御馳走《ごちさう》して呉《く》れた鷄《にはとり》は、
『コツ、コツ、コツ、コツ。』
とお名殘《なごり》を惜《を》しむやうに鳴《な》きました。
その邊《へん》にはお馴
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