きそうに成った。ここはもう自分に取っての座敷牢だ。それを意識することは堪えがたかった。
 おげんは父が座敷牢の格子のところで悲しみ悶《もだ》えた時の古歌も思出した。それを自分でも廊下で口ずさんで見た。

[#ここから2字下げ]
「きりぎりす 
啼《な》くや霜夜の
さむしろに、
ころもかたしき
独りかも寝む……」
[#ここで字下げ終わり]

 最早、娘のお新も側には居なかった。おげんは誰も見ていない窓のところに取りすがって、激しく泣いた。

        *     *     *

 三年ほど経って、おげんの容体の危篤なことが病院から直次の家へ伝えられた。おげんの臨終には親類のものは誰も間に合わなかった。
 養生園以来、蔭ながら直次を通してずっと国から仕送りを続けていた小山の養子もそれを聞いて上京したが、おげんの臨終には間に合わなかった。おげんは根岸の病院の別室で、唯一人死んで行った。
 まだ親戚は誰も集まって来なかった。三年の間おげんを世話した年とった看護婦は夜の九時過ぎに、亡くなってまだ間もないおげんを見に行って、そこに眠っているような死顔を拭《ふ》いてやった。両手も胸の上に組合
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