せてやった。その手は、あだかも生前の女のかなしみを掩《おお》うかのように見えた。
おげんの養子は直次の娘や子供と連れ立って十時頃に急いで来た。年とった看護婦は部屋を片付けながら、
「小山さんがお亡くなりになる前の日に、頭を剃《そ》りたいというお話がありましたっけ。お家の方に聞いてからでなくちゃと言いましてね、それだけは私がお止め申しました。病院にいらっしゃる間は、よくお裁縫なぞもなさいましたっけ」
と親戚のものに話しきかせた。
長いこと遠いところに行っていたおげんの一番目の弟の宗太も、その頃は東京で、これもお玉の旦那と二人で急いで来たが、先着の親戚と一緒になる頃はやがて十一時過ぎであった。
「もう遅いから子供はお帰り。姉さんのお通夜は俺達でするからナ。それにここは病院でもあるからナ」
と宗太が年長者らしく言ったので、直次の娘はおげんの枕もとに白いお団子《だんご》だの水だのをあげて置いて、子供と一緒に終りの別れを告げて行った。
親戚の人達は飾り一つないような病院風の部屋に火鉢を囲んで、おげんの亡き骸《がら》の仮りに置いてある側で、三月の深夜らしい時を送った。おげんが遺した物と云
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