て見る直次の声もした。おげんは意外な結果に呆《あき》れて、皆なの居るところへ急いで行って見た。そこには母親に取縋《とりすが》って泣顔を埋《うず》めているおさだを見た。
「ナニ、何でもないぞや。俺の手が少し狂ったかも知れんが、おさださんに火傷《やけど》をさせるつもりでしたことでは無いで」
とおげんは言って、直次の養母にもおさだにも詫《わ》びようとしたが、心の昂奮は隠せなかった。直次は笑い出した。
「大袈裟《おおげさ》な真似《まね》をするない。あいつは俺の方へ飛んで来ないでお母さんの方へ飛んで行った」
とおさだを叱るように言って、復た直次は隣近所にまで響けるような高い声で笑った。
夕方に、熊吉が用達《ようたし》から帰って来るまで、おげんは心の昂奮を沈めようとして、縁先から空の見える柱のところへ行って立ったり、庭の隅にある暗い山茶花《さざんか》の下を歩いて見たりした。年老いた身の寄せ場所もないような冷たく傷《いた》ましい心持が、親戚の厄介物として見られような悲しみに混って、制《おさ》えても制えても彼女の胸の中に湧《わ》き上り湧き上りした。熊吉が来て、姉弟三人一緒に燈火《あかり》の映《あ
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