一方に続いた二階の屋根などを見ることが出来た。
「おさださん、わたしも一つお手伝いせず」
 とおげんはそこに立働く弟の連合に言った。秋の野菜の中でも新物の里芋なぞが出る頃で、おげんはあの里芋をうまく煮て、小山の家の人達を悦ばしたことを思出した。その日のおげんは台所のしちりんの前に立ちながら、自分の料理の経験などをおさだに語り聞かせるほど好い機嫌《きげん》でもあった。うまく煮て弟達をも悦ばせようと思うおげんと、倹約一方のおさだとでは、炭のつぎ方でも合わなかった。
 おげんはやや昂奮《こうふん》を感じた。彼女は義理ある妹に炭のつぎ方を教えようという心が先で、
「ええ、とろくさい――私の言うようにして見さっせれ」
 こう言ったが、しちりんの側にある長火箸《ながひばし》の焼けているとも気付かなかった。彼女は掴《つか》ませるつもりもなく、熱い火箸をおさだに掴ませようとした。
「熱」
 とおさだは口走ったが、その時おさだの眼は眼面《まとも》におげんの方を射った。
「気違いめ」
 とその眼が非常に驚いたように物を言った。おさだは悲鳴を揚げないばかりにして自分の母親の方へ飛んで行った。何事かと部屋を出
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