て行くうちに、汽車の中で日が暮れた。
 おげんは養子の兄に助けられながら、その翌日久し振で東京に近い空を望んだ。新宿から品川行に乗換えて、あの停車場で降りてからも弟達の居るところまでは、別な車で坂道を上らなければならなかった。おげんはとぼとぼとした車夫の歩みを辻車の上から眺《なが》めながら、右に曲り左に曲りして登って行く坂道を半分夢のように辿《たど》った。
 弟達――二番目の直次と三番目の熊吉とは同じ住居でおげんの上京を迎えてくれた。おげんが心あてにして訪ねて行った熊吉はまだ外国の旅から帰ったばかりで、しばらく直次の家に同居する時であった。直次の家族は年寄から子供まで入れて六人もあった上に、熊吉の子供が二人も一緒に居たから、おげんは同行の養子の兄と共に可成《かなり》賑《にぎや》かなごちゃごちゃとしたところへ着いた。入れ替り立ち替りそこへ挨拶に来る親戚に逢って見ると、直次の養母はまだ達者で、頭の禿《はげ》もつやつやとしていて、腰もそんなに曲っているとは見えなかった。このおばあさんに続いて、襷《たすき》をはずしながら挨拶に来る直次の連合《つれあい》のおさだ、直次の娘なぞの後から、小さな甥が
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