。あれも剥きたいと言いますで。青い夕顔に、真魚板《まないた》に、庖丁と、こうあれに渡したと思わっせれ。ところが、あなた、あれはもう口をフウフウ言わせて、薄く切って見たり、厚く切って見たり。この夕顔はおよそ何分ぐらいに切ったらいいか、そういうことに成るとまるであれには勘考がつかんぞなし。干瓢を剥くもいいが、手なぞを切って、危くて眼を放せすか。まあ、あれはそういうものだで、どうかして私ももっとあれの側に居て、自分で面倒を見てやりたいと思うわなし。ほんに、あれがなかったら――どうして、あなた、私も今日までこうして気を張って来られすか――蜂谷さんも御承知なあの小山の家のごたごたの中で、十年の留守居がどうして私のようなものに出来すか――」
思わずおげんは蜂谷を側に置いて、旧馴染《ふるなじみ》にしか出来ないような話をした。何と言ってもお新のような娘を今日まで養い育てて来たことは、おげんが一生の仕事だった。話して見て、おげんは余分にその心持を引出された。
蜂谷は山家の人にしてもめずらしいほど長く延ばした鬚《ひげ》を、自分の懐中《ふところ》に仕舞うようにして、やがておげんの側を離れようとした。ふと
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