。お新は面長な顔かたちから背の高いところまで父親似で、長い眉《まゆ》のあたりなぞも父親にそっくりであった。おげんが自分の娘と対《むか》いあって座っている時は、亡くなった旦那と対いあっている思いをさせた。しきりに旦那のことを恋しく思わせるのも、娘と二人で居る時だった。父としては子を傷《きずつ》け、夫としては妻を傷つけて行ったようなあの放蕩《ほうとう》な旦那が、どうしてこんなに恋しいかと思われるほど。
「ああああ、お新より外にもう自分を支える力はなくなってしまった」
とおげんは独りで言って見て嘆息した。
九月らしい日の庭にあたって来た午後、おげんは病室風の長い廊下のところに居て、他人まかせな女の一生の早く通り過ぎて行ってしまうことなぞを胸に浮べていた。そこへ院長蜂谷が庭づたいに歩いて来て、おげんを慰め顔に廊下のところへ腰掛けた。
「お嬢さんを見ると、先生のことを思出します。ほんとにお嬢さんは先生によく似てお出《いで》だ」
蜂谷はおげんの旦那のことを「先生、先生」と呼んでいた。
「蜂谷さん、あれももう四十女よなし」とおげんは言って見せた。
「もうそうお成りですかいなあ」と蜂谷も思出した
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