でひどくおげんの気に入っていたが、金銭上のことになるとそうそうおげんの言うなりにも成っていなかった。
「そう御新造さまのようにお小遣いを使わっせると、わたしがお家《うち》の方へ申し訳がないで」
と婆やはきまりのようにそれを言って、渋々おげんの請求に応じた。
こうした場合ほどおげんに取って、自分の弱点に触られるような気のすることはなかった。その度におげんは婆やが毎日まめまめとよく働いてくれることも忘れて、腹立たしい調子になった。彼女はこの医院に来てから最早何程の小遣いを使ったとも、自分でそれを一寸《ちょっと》言って見ることも出来なかった。
「お前達は、何でも俺が無暗《むやみ》とお金を使いからかすようなことを言う――」
こうおげんは荒々しく言った。
お新と共に最後の「隠れ家」を求めようとするおげんの心は、ますます深いものと成って行った。彼女は自分でも金銭の勘定に拙《つたな》いことや、それがまた自分の弱点だということを思わないではなかったが、しかしそれをいかんともすることが出来なかった。唯、心細くばかりあった。いつまでも処女で年ばかり取って行くようなお新の前途が案じられてならなかった
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