みはてゝ、
食《た》うべず過ぎしは月あまり、
何事もたゞ忘るゝをたのしみに、
草枕ふたゝび覺《さめ》ぬ眠に入らなむ。
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みどりご
ゆたかにねむるみどりごは、
うきよの外《そと》の夢を見て、
母のひざをば極樂《ごくらく》の、
たまのうてなと思ふらむ。
ひろき世界《せかい》も世の人の、
心の中《うち》にはいとせまし。
ねむれみどりごいつまでも、
刺《とげ》なくひろきひざの上に。
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平家蟹
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友人隅谷某、西に遊びて平家蟹一個を余が爲に得來りたれば、賦して與ふるとて
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神々に、
みすてられつゝ海そこに、
深く沈みし是非なさよ。
世の態は、
小車のめぐりめぐりて、
うつりかはりの跡留めぬに、
われのみは、
いつの世までもこのすがた、
つきぬ恨みをのこすらむ。
かくれ家を、
しほ路の底に求めても、
心やすめむ折はなく。
しらはたの、
源氏にあらぬあまびとの、
何を惡《にく》しと追ひ來《く》らむ。
まどかなる、
月は波上を照せども、
この水底は常世暗《とこよやみ》。
あはれやな、
かしらの角《つの》はとがりまさり、
前額《ひたひ》のしわはいやふかし。
ふたもとの、
はさみはあれどこの恨み、
斷ちきる術《すべ》はなかりけり。
夢なりし、
むかしの榮華は覺めたれど、
いまの現實《まこと》はいつ覺めむ。
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髑髏舞
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某日、地學教會に於て見し幻燈によりて想を構ふ。
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うたゝねのかりのふしどにうまひして
としつき經ぬる暗の中。
枕邊に立ちける石の重さをも
物の數とも思はじな。
月なきもまた花なきも何かあらん、
この墓中《おくつき》の安らかさ。
たもとには落つるしづくを拂ねば、
この身も溶くるしづくなり。
朽つる身ぞこのまゝにこそあるべけれ、
ちなみきれたる浮世の塵。」
めづらしや今宵は松の琴きこゆ、
遠《をち》の水音《みおと》も面白し。
深々《しん/\》と更けわたりたる眞夜中に、
鴉の鳴くはいぶかしや。
何にもあれわが故郷《ふるさと》の光景《ありさま》を
訪はゞいかにと心うごく。
ほられたる穴の淺きは幸なれや。
墓にすゑたる石輕み。
いでや見むいかにかはれる世の態を、
小笹蹈分け歩みてむ。
世の中は秋の紅葉か花の春、
いづれを問はぬ夢のうち。」
暗なれや暗なれや實に春秋も
あやめもわかぬ暗の世かな。
月もなく星も名殘の空の間《ま》に、
雲のうごくもめづらしや。
天《あめ》を衝く立樹にすがるつたかつら、
うらみあり氣に垂れさがり。
繁り生ふ蓬はかたみにからみあひ、
毒のをろちを住ますらめ。
思ひ出るこゝぞむかしの藪なりし、
いとまもつげでこのわが身、
あへなくも落つる樹の葉の連となり
死出の旅路にいそぎける。」
すさまじや雲を蹴て飛ぶいなづまの
空に鬼神やつどふらむ。
寄せ來《きた》るひゞき怖ろし鳴雷《なるかみ》の
何を怒りて騷ぐらむ。
鳴雷《なるかみ》は髑髏厭ふて哮《たけ》るかや、
どくろとてあざけり玉ひそよ。
昔はと語るもをしきことながら、
今の髑髏もひとたびは、
百千《もゝち》の男《をのこ》なやませし今小町とは
うたはれし身の果ぞとよ。
忘らるゝ身よりも忘るゝ人心、
きのふの友はあらずかや。」
人あらば近う寄れかし來れかし、
むかしを忍ぶ人あらば。
天地《あめつち》に盈《み》つてふ精も近よれよ、
見せむひとさし舞ふて見せむ。
舞ふよ髑髏めづらしや髑髏の舞、
忘れはすまじ花小町。
高く跳ね輕く躍れば面影の、
霓裳羽衣を舞ひをさめ。
かれし咽うるほはさんと溪の面《おも》、
うつるすがたのあさましや。
はら/\と落つるは葉末の露ならで、
花の髑髏のひとしづく。」
うらめしや見る人なきもことはりぞ、
昨日にかはれる今日の舞。
纏頭《てんとう》の山を成しける夢の跡、
覺めて恥かし露の前。
この身のみ秋にはあらぬ野の末の
いづれの花か散らざらむ。
うたてやなうきたる節の呉竹に、
迷はせし世はわが迷ひ。
忘らるゝ身も何か恨みむ悟りては、
雲の行來に氣もいそぐ。
暫し待てやよ秋風よ肉なき身ぞ、
月の出ぬ間《ま》にいざ歸《かへ》らむ。
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古藤菴に遠寄す
一輪《いちりん》花の咲けかしと、
願ふ心は君の爲め。
薄雲《
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