はくうん》月を蔽ふなと、
祈るこゝろは君の爲め。
吉野の山の奧深く、
よろづの花に言傳《ことづて》て、
君を待ちつゝ且つ咲かせむ。
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彈琴
悲しとも樂しとも、
浮世を知らぬみどりごの、
いかなればこそ琵琶の手の、
うごくかたをば見凝るらむ。
何を笑むなる、みどりごは、
琵琶彈く人をみまもりて。
何をか囁くみどりごは、
琵琶の音色を聞き澄みて。
浮世を知らぬものさへも、
浮世の外の聲を聞く。
こゝに音づれ來し聲を、
いづこよりとは問ひもせで。
破れし窓に月滿ちて、
埋火かすかになりゆけり、
こよひ一夜《ひとよ》はみどりごに、
琵琶のまことを語りあかさむ。
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彈琴と嬰兒
何を笑《ゑ》むなるみどりごは、
琵琶|彈《ひ》く人をみまもりて。
何をたのしむみどりごは、
琵琶の音色《ねいろ》を聞き澄《す》みて。
浮世を知らぬものさへも、
浮世の外《そと》の聲を聞くなり。
こゝに音づれ來《き》し聲を、
いづくよりとは問ひもせで。
破れし窓に月滿ちて、
埋火《うもれび》かすかになり行けり。
こよひ一夜《ひとよ》はみどりごに、
琵琶の眞理《まこと》を語り明かさむ。
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螢
ゆふべの暉《ひかり》をさまりて
まづ暮れかゝる草陰に
はつかに影を點《しる》せども
なほ身を愧づる景色あり
羽虫を逐ふて細川の
棧瀬をはしる若鮎が
靜まる頃やほたる火は
低く水邊をわたり行く
腐草《ふさう》に生を享《う》けし身の
月の光に照《てら》されて
もとの草にもかへらずに
たちまち空《そら》に歸りけり
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ほたる
ゆふべの暉《ひかり》をさまりて、
まづ暮れかゝる草陰に、
わづかに影を點《しる》せども、
なほ身を恥づるけしきあり。
羽虫を逐ふて細川の、
棧瀬をはしる若鮎が、
靜まる頃やほたる火は、
低く水邊をわたり行く。
腐草《ふさう》に生をうくる身の、
かなしや月に照らされて、
もとの草にもかへらずに、
たちまち空《そら》に消えにけり。
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蝶のゆくへ
舞ふてゆくへを問ひたまふ、
心のほどぞうれしけれ、
秋の野面をそこはかと、
尋ねて迷ふ蝶が身を。
行くもかへるも同じ關、
越え來し方に越えて行く。
花の野山に舞ひし身は、
花なき野邊も元の宿。
前もなければ後もまた、
「運命《かみ》」の外には「我」もなし。
ひら/\/\と舞ひ行くは、
夢とまことの中間《なかば》なり。
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眠れる蝶
けさ立ちそめし秋風に、
「自然《しぜん》」のいろはかはりけり。
高梢《たかえ》に蝉の聲細く、
茂草《しげみ》に蟲の歌悲し。
林には、
鵯《ひよ》のこゑさへうらがれて、
野面には、
千草の花もうれひあり。
あはれ、あはれ、蝶一羽、
破れし花に眠れるよ。
早やも來ぬ、早やも來ぬ秋、
萬物《ものみな》秋となりにけり。
蟻はおどろきて穴《あな》索《もと》め、
蛇はうなづきて洞《ほら》に入る。
田つくりは、
あしたの星に稻を刈り、
山樵《やまがつ》は、
月に嘯むきて冬に備ふ。
蝶よ、いましのみ、蝶よ、
破れし花に眠るはいかに。
破れし花も宿|假《か》れば、
運命《かみ》のそなへし床《とこ》なるを。
春のはじめに迷ひ出で、
秋の今日まで醉ひ醉ひて、
あしたには、
千よろづの花の露に厭き、
ゆふべには、
夢なき夢の數を經ぬ。
只だ此のまゝに『寂《じやく》』として、
花もろともに滅《き》えばやな。
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雙蝶のわかれ
ひとつの枝に雙《ふた》つの蝶、
羽を收めてやすらへり。
露の重荷に下垂るゝ、
草は思ひに沈むめり。
秋の無情に身を責むる、
花は愁ひに色褪めぬ。
言はず語らぬ蝶ふたつ、
齊しく起ちて舞ひ行けり。
うしろを見れば野は寂《さび》し、
前に向へば風|冷《さむ》し。
過ぎにし春は夢なれど、
迷ひ行衛は何處ぞや。
同じ恨みの蝶ふたつ、
重げに見ゆる四《よつ》の翼《はね》。
雙び飛びてもひえわたる、
秋のつるぎの怖ろしや。
雄《を》も雌《め》も共にたゆたひて、
もと來し方へ悄れ行く。
もとの一枝《ひとえ》をまたの宿、
暫しと憇ふ蝶ふたつ。
夕《ゆふ》告《つ》げわたる鐘の音に、
おどろきて立つ蝶ふたつ。
こたびは別れて西ひがし、
振りかへりつゝ去りにけり。
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露のいのち
待ちやれ待ちやれ、その手は元へもどしやんせ。無殘な事をなされまい。その手の指の先にても、これこの露にさはるなら、たちまち零《お
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