の顛末《てんまつ》は、桜痴《あうち》居士の精細なる叙事にて其実況を知悉《ちしつ》するに足れり。吾人は之を詳論するの暇なし、唯だ吾人が読者に確かめ置きたき事は、斯の如く覚醒したる国民の精神は、啻《たゞ》に徳川氏を仆したるのみならず、従来の組織を砕折し、従来の制度を撃破し尽くすにあらざれば、満足すること能はざること之なり。
 明治政府は国民の精神の相手として立てり。国民の精神は明治政府に於て其の満足を遂げたり、爰に至つて外交の問題も一ト先づ其の局を結びたり、明治六七年迄は聯合したる勢力の結托|鞏固《きようこ》にして、専ら破壊的の事業に力を注ぎたり、然れども明治政府の最初の聯合躰は、寧ろ破壊的の聯合組織にして、破壊すべき目的の狭まくなりゆくと共に、建設すべき事業に於て、相|撞着《どうちやく》するところなき能はず。爰に於て征韓論の大破綻あり、佐賀の変、十年の役等は蓋し其の結果なるべし。之よりして政府部内にあるすべての競争は、聯合躰より単一躰に趣かんとする傾向に基けり、凡ての専制政躰に於て此事あり、吾人は独り明治政府を怪しまざるなり。
 吾人の眼球を一転して、吾国の歴史に於て空前絶後なる一主義の萌芽を観察せしめよ。
 即ち民権といふ名を以て起りたる個人的精神、是なり。この精神を尋ぬる時は、吾人|奇《くし》くも其発源を革命の主因たりし精神の発動に帰せざるべからざる数多の理由を見出すなり。渠《かれ》は革命の成功と共に、一たびは沈静したり、然れども此は沈静にあらずして潜伏なりき。革命の成るまでは、皇室に対し国家に対して起りたる精神の動作なりき。既に此目的を達したる後は、如何なる形にて、其動作をあらはすべきや。
 国民は既に政治上に於ては、旧制を打破して、万民|倶《とも》に国民たるの権利と義務を担《にな》へり。この「権利」と「義務」は、自からに発達し来れり、権義の発達は即ち個人的精神の発達なり。材能あるものは登用して政府の機務を処理することゝなれり。而して材能なきものと雖も、一村|一邑《いちいふ》に独立したる権義の舞台となりて、個人的の自由を享有するものとなれり。富の勢力は軈《には》かに上騰したり。アビリチーの栄光漸くあらはれ来れり。必要は政府を促がして、法律の輸入をなさしめたり。之を要するに個人的精神は長大足の進歩を以て、狭き意味に於ける国家的の精神の領地を掠《かす》め去れり。国民の自由を保護すべき武器として、言論集会出版等の勢力漸くにして世に顕はれたり。政府未だ如何にして是等の新傾向に当るべきかを知らざりしなり。明治政府はひたすら聯合より単一に趣かんことに意を鋭くしたり。十年の役は聊《いさゝ》か其目的を達したりと雖、なほ各種の異分子の相《あひ》疾悪《しつを》するもの政府部内に蟠拠《はんきよ》するあれば、表面は堅固なる組織の如くなれど、其実極めて不安心なる国躰なりと云はざるを得ず。
[#地から2字上げ](明治二十六年四月)



底本:「現代日本文學大系 6 北村透谷・山路愛山集」筑摩書房
   1969(昭和44)年6月5日初版第1刷発行
   1985(昭和60)年11月10日初版第15刷発行
初出:「評論 一號〜四號」女學雜誌社
   1893(明治26)年4月8日、4月22日、5月6日、5月20日
入力:kamille
校正:鈴木厚司
2005年1月27日作成
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