、国家安逸ならば、必らず、彼の一国の公園とも云はるべき詩文の人起るなり、若し此事なくば国家は半ば死せるなり、人心は半ば眠りたるなり、希望全く無き有様に近きなり。読者よ誤解する勿《なか》れ、吾人は偏狭なる理論に頑守するものにあらず、吾人は国民をして、出来得る丈自由に其精神を発揮せしめんことを希望するものなり。宗教に哲学に、将《は》た文学に、国民は常に其耳を傾けてあるなり、而して「時代」なる第二の造化翁は国民を率ゐて、その被造物なる巨人の説教を聞かしむるなり。
明治初期の思想は実に第二の混沌たりしなり。何が故に混沌といふ。看《み》よ、従来の紀綱は全く弛《ゆる》みたりしにあらずや、看よ、天下の人心は、すべての旧世界の指導者を失ひて、就いて聴くべきものを有《も》たざりしにあらずや、看よ、儒教道徳の大半は泰西《たいせい》の新空気に出会ひて、玉露のはかなく朝暉《てうき》に消ゆるが如くなりしにあらずや。然れども此混沌は原始の混沌の如くならず、速に他の組織を孕《はら》まんとする混沌なり、速に他の時代に入らんとする混沌なり。而して此混沌の中にありて、外には格別の異状を奏せざるも、内には明らかに二箇の大
前へ
次へ
全44ページ中32ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
北村 透谷 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング