は寧《むし》ろ思想の内界に於て、遙かに偉大なる大革命を成し遂げたるものなることを信ぜんと欲す。武士と平民とを一団の国民となしたるもの、実に此革命なり、長く東洋の社界組織に附帯せし階級の繩を切りたる者、此革命なり。而して思想の歴史を攻究する順序より言はゞ、吾人は、この大革命を以て単に政治上の活動より生じたるものと認むる能はず、自然の理法は最大の勢力なり、平民は自ら生長して思想上に於ては、最早旧組織の下に黙従することを得ざる程に進みてありたり、明治の革命は武士の剣鎗にて成りたるが如く見ゆれども、其実は思想の自動多きに居りたるなり。
 明治文学は斯の如き大革命に伴ひて起れり、其変化は著るし、其希望や大なり、精神の自由を欲求するは人性の大法にして、最後に到着すべきところは、各個人の自由にあるのみ、政治上の組織に於ては、今日未だ此目的の半を得たるのみ、然れども思想界には制抑なし、之より日本人民の往《ゆ》かんと欲する希望いづれにかある、愚なるかな、今日に於て旧組織の遺物なる忠君愛国などの岐路に迷ふ学者、請ふ刮目《くわつもく》して百年の後を見ん。

     三、変遷の時代

 残燈もろくも消えて徳川氏の幕政空しく三百年の業を遺《のこ》し、天皇親政の曙光漸く升《のぼ》りて、大勢|頓《には》かに一変し、事々物々其相を改めざるはなし。加ふるに物質的文明の輸入堤を決するが如く、上は政治の機関より、下万民の生活の状態に至るまで、千枝万葉|悉《こと/″\》く其色を変へたり。
 旧世界の預言者なる山陽、星巌、益軒、息軒等の巨人は、或は既に墳墓の中に眠り、或は時勢の狂濤に排されて、暁明星光薄く、而して、横井、佐久間、藤田、吉田等の改革的偉人も亦た相襲《あひつ》ぎて歴史の巻中に没し去り、長剣を横《よこた》へて天下を跋渉せし昨日の浪人のみ時運の歓迎するところとなりて、政治の枢機を握り、既に大小の列藩を解綬《かいじゆ》し、続いて武士の帯刀を禁じ、士族と平民との名義上の区別は置けども、普天率土同一なる義務と同一なる権利とを享有し、均しく王化の下に沐浴《もくよく》することゝはなれり。
 文学は泰平の賜物なり、戦乱の時代にありては文学は必らず、活動世界を離れたる塲所に潜逸するものなり、足利氏の末世に於て即ち然り。然れども維新の戦乱は甚だ長からず、足利氏の末路に於て文学の庇護者たりし仏教は、此時に至りては既
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