しての共同の意志あらず。晏逸《あんいつ》は彼等の宝なり、遊惰は彼等の糧《かて》なり。思想の如き、彼等は今日に於て渇望する所にあらざるなり。
今の時代に創造的思想の欠乏せるは、思想家の罪にあらず、時代の罪なり。物質的革命に急なるの時、曷《いづく》んぞ高尚なる思弁に耳を傾くるの暇あらんや。曷んぞ幽美なる想像に耽るの暇あらんや。彼等は哲学を以て懶眠《らんみん》の具となせり、彼等は詩歌を以て消閑の器となせり。彼等が眼は舞台の華美にあらざれば奪ふこと能はず。彼等が耳は卑猥《ひわい》なる音楽にあらざれば娯楽せしむること能はず。彼等が脳膸は奇異を旨とする探偵小説にあらざれば以て慰藉《ゐしや》を与ふることなし。然らざれば大言壮語して、以て彼等の胆を破らざる可からず。然らざれば平凡なる真理と普通なる道義を繰返して、彼等の心を飽かしめざるべからず。彼等は詩歌なきの民なり。文字を求むれども、詩歌を求めざるなり。作詩家を求むれども、詩人を求めざるなり。
汝詩人となれるものよ、汝詩人とならんとするものよ、この国民が強《し》ひて汝を探偵の作家とせんとするを怒る勿《なか》れ、この国民が汝によりて艶語を聞き、情話
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