」の前に立ちて甚しき相違あることなし。法は一なり。法に順《したが》ふものも亦た一なり。法と法に順ふものとの関係も亦た一なり。情及び心、漠として捕捉すべきやうなき如き情及び心、渠も亦た法の中にあり、渠も亦た法の下にあり。法の重きこと、斯《かく》の如し。斯《こゝ》に於て、凡ての声、情及び心の響なる凡ての声の一致を見る、高きも低きも、濁れるも清《す》めるも。然り、此の一致あり、この一致を観て後に多くの不一致を観ず、之れ詩人なり。この大平等、大無差別を観じて、而して後に多くの不平等と差別とを観ず、之れ詩人なり。天地を取つて一の美術となすは之を以てなり。あらゆる声を取つて音楽となすは之を以てなり。詩人の前には凡ての物、凡ての事、悉く之れ詩なるは之を以てなり。多くの不一致の中の一不一致を取り、多くの不平等の中の一不平等を取り、多くの差別の中の一差別を取り、而して之に恋着するを知つて、彼の大一致、大平等、大差別に悟入すること能はざるものは、未だ以て天地の大なる詩たるを知らざるものなり。難いかな、詩人の業や。
 道徳を論ずるの書は多し。宗教の名と其の教法を設くるものは多し。然れども道徳は、未だ人間をし
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