を得む。暗冥《あんめい》なる「死」の淵に、相《あひ》及び相襲《あひつ》ぎて沈淪するもの、果して之れ人間の運命なるか。舌能く幾年の久しきに弁ぜん。手能く幾年の長きに支へん。弁ずるところ何物ぞ。支ふるところ何物ぞ。わが筆も亦た何物ぞ。言ふ勿《なか》れ、蓊欝《をううつ》たる森林、幾百年に亘りて巨鷲を宿らすと。言ふ勿れ、豊公の武威、幾百世を蓋ふと。嗟《あゝ》何物か終《つひ》に尽きざらむ。何物か終に滅せざらむ。寤《さ》めざるもの誰ぞ、悟らざるもの誰ぞ。損喪《そんさう》せざるもの竟《つひ》に何処《いづこ》にか求めむ。
 寤《ご》果して寤か、寐《び》果して寐か、我是を疑ふ。深山《しんざん》夜に入りて籟あり、人間昼に於て声なき事多し。寤《さ》むる時人真に寤めず、寐る時往々にして至楽の境にあり。身躰四肢必らずしも人間の運作を示すにあらず、別に人間大に施為《せゐ》するところあり。ひそかに思ふ、終に寤《さめ》ざるもの真の寤《ご》か。終に寐せざるもの真の寐か。此境に達するは人間の容易《たや》すく企つる能はざるところなり。
 愛すべきものは夫《そ》れ故郷なるか、故郷には名状すべからざるチヤームの存するあり。風流
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