ふること能はざるより生ずるなり、此の観念の存在する限は、心霊の平衡を失ひたる者にして、熱意なる者は蓋《けだ》し此の平衡を回復せんが為に存するなり。磁石に消極積極の二質あり、この二質が平均せざる限は、引力といふ不可思議の力を此世より絶つこと能はざるなり。斯の如く人間も亦た心霊の平衡を回復せざる限りは、熱意といふ不可思議の力を絶つこと能はざるなり。熱意は力なり。必らず到着せんとするところを指せる、一種の引力なり。この引力は人をして適《たまた》ま偉大なる人物とならしめ、適ま醜悪なる行為をなさしめ、或は善、或は悪、或は聖愛、或は痴情、等の名を衣《き》たる百般の光景を現出して、人生を変幻極まりなきドラマたらしむ。
 人は夢の如き事実を追随する事あり。事実の如き夢を追随する事あり。虚心を以て観る時は、夢にして、而して熱意を以て観る時は、事実の如く視らるゝ者あり、熱意を以て観る時は、夢にして、而して虚心を以て観る時は、事実の如く視らるゝ者あり。虚心は想像を容れず、熱意は想像の好友なればなり。虚心は徹頭徹尾、事実の中に注ぎ、熱意は往々にして、想像の跡を追ふて事実の域を脱す。虚心は意味ある者を意味なくし
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