かな仏教の中《うち》にも卑近なる教派のみ彼等の友となり、迷信は彼等を禁籠する囚宰《しうさい》となり、弱志弱意は彼等を枯死せしむる荒野《あれの》となり、彼等をして人間の霊性を放擲《はうてき》して、自《みづか》ら甘んじて眼前の権勢に屈従せしむるに至りぬ。
自由は人間天賦の霊性の一なり。極めて自然なる願欲の一なり。然るに彼等は呱々《こゝ》の声の中《うち》より既にこの霊性を喪《うしな》へるを自識せざる可らざる運命に抱かれてありたり、自然なる願欲は抑へて、不自然なる屈従を学ばざる可らざるタイムの籠に投げられてありたり。人誰れか全くタイムの籠に控縛《こうばく》せらるゝを心地よしとするものあらむ、人誰れか天賦の霊性を自殺せしむべき運命を幸福なりとするものあらん。沙翁、人間に斯般《しはん》の一種の煩悶《はんもん》の抜く可からざるものあるを見て、通解して謂《い》へらく、
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For who would bear the whips and scorns of time,
The oppressor's wrong, the proud man's contumely, etc.
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