う》を遺存せしものにあらずとせんや。
 徳川氏の封建制度は世界に於て完全なるものゝ一と称せらる、然れども武門の栄華は平民に取りて幸福を剥脱《はくだつ》する秋霜なり、盆水一方に高ければ、他方に低からざるを得ず、権力の積畳《せきでふ》せし武門に自《おのづ》からなる腐爛生じ、而《しか》して平民社界も亦《ま》た敗壊し終れり、一方は盛栄の余に廃《すた》れ、他方は失望の極に陥落せしなり、自然の結果ほど恐るべきものはあらじ。
 道徳の府なる儒学も、平民の門を叩《たゝ》くことは稀なりし、高等民種の中《うち》にすら局促たる繩墨《じようぼく》の覊絆《きはん》を脱するに足るべき活気ある儒学に入ることを許さゞりしなり。精神的修養の道、一として平民を崇《あが》むるに適するものあらず、偶《たま/\》、俳道の普及は以て彼等を死地に救済せんとしけるも、彼等は自ら其粋美を蹴棄したり。
 禅味|飄逸《へういつ》なる仏教は屈曲して彼等の内に入れり。彼等は神道家の如くに皇室を敬崇することを得ず、孔教を奉じて徳性を育助することも能《あた》はず、左《さ》ればとて幽玄なる仏界の菩薩に近づく事も、彼等の為し得るところにあらず、悲しい
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