ヘ、従前の平民よりは多少の活気を帯びたりし事疑ひなし。故に彼等の思想も自《おのづ》から一種の特色を具備し得て、隠然武門の思想と対峙せんとするが如き傾きを生じたり。宜《むべ》なるかな。我邦に於て始めて、平民社界の胸奥より自然的育生の声を、この時代に於て聞きたるや。
人は元禄文学を卑下して、日本文学の恥辱是より甚《はなはだ》しきはなしと言ふもの多し。われも亦た元禄文学に対して常に遺憾を抱く者なれど、彼をもつて始めて我邦に挙げられたる平民の声なりと観ずる時に、余は無量の悦喜をもつて、彼等に対するの情あり。然り、俳諧の尤も熟したるもこの時代にて、戯曲の行はれしも、戯作の出でしも、実に此時代にして、而して此等《これら》の物皆な平民社界の心骨より出でたるものなることを知らば、余は寧ろ我邦の如き貴族的制度の国に於て、平民社界の初声《はつごゑ》としては彼等を厚遇するの至当なるを認むるなり。
我国平民の歴史は、始めより終りまで極めて悽惻《せいそく》暗澹《あんたん》たる現象を録せり。而して徳川氏以前にありては、彼等の思想として余に存するもの甚だ微々たり、徳川氏以後世運の漸《やうや》く熟し来りたるを以て
前へ
次へ
全29ページ中17ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
北村 透谷 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング