りきた》り、自由自在にネゲイシヨンの毒薬を働かせ、風雷の如き自然力を縦《ほしいまゝ》にする鬼神を使役して、アルプス山に玄妙なる想像を構へたるもの、何ぞ理学の盛ならざりし時代の詩人に異ならむ、その異なるところを尋ぬれば、古代鬼神と近世鬼神との別あるのみ。詩の世界は人間界の実象のみの占領すべきものにあらず、昼を前にし夜を後にし、天を上にし地を下にする無辺無量無方の娑婆《しやば》は、即ち詩の世界なり、その中に遍満するものを日月星辰の見るべきものゝみにあらずとするは、自然の憶度《おくど》なり。生死[#「生死」に白丸傍点]は人の疑ふところ、霊魂[#「霊魂」に白丸傍点]は人の惑ふところ、この疑惑を以て三千世界に対する憶度に加ふれば、自からにして他界を観念せずんばあらず。地獄を説き天堂を談ずるは、小乗的宗教家の癡夢《ちむ》とのみ思ふなかれ、詩想の上に於て地獄と天堂に対する観念ほど緊要なるものはあらざるなり。
 新教勃興後の基督《キリスト》教国は一般に新活気を文学に加へたり、其然る所以《ゆゑん》のものは基督のみ是を致せしにあらず、悪魔も与《あづか》りて力あるなり、言を換へて云へば、聖善なる天力《ヘブン
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