りけん、
とはあはれな! 一目なりと一せきなりと、
 (何ぜ、言葉を交《か》はす事は許されざれば)
永別《わかれ》の印《しるし》をかはす事もかなはざりけん!
三個《みたり》の壮士もみな影を留《と》めぬなり、
 ひとり此広間に余を残したり、
朝寝の中に見たる夢の偽《いつわり》なりき、
 噫《ああ》偽りの夢! 皆な往《ゆ》けり!
   往けり、我愛も!
   また同盟の真友も!

   第十
倦《う》み来りて、記憶も歳月も皆な去りぬ、
 寒くなり暖《あつ》くなり、春、秋、と過ぎぬ、
暗さ物憂さにも余は感情を失ひて
 今は唯だ膝を組む事のみ知りぬ、
罪も望も、世界も星辰《せいしん》も皆尽《つ》きて、
余にはあらゆる者皆《みな》、……無《む》に帰して
たゞ寂寥、……微《かす》かなる呼吸――
 生死の闇の響《ひびき》なる、
甘き愛の花嫁も、身を抛《なげう》ちし国事も
忘れはて、もう夢とも又た現とも!
嗚呼数歩を運べずすなはち壁、
三回《みたび》まはれば疲る、流石《さすが》に余が足も!

   第十一
余には日と夜との区別なし、
左れど余の倦《うみ》たる耳にも聞きし、
暁《あけ》の鶏や、また塒《ね
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