み》の花なる少女も、
  国の為とて諸共《もろとも》に
  この花婿も花嫁も。

   第二
余が髪は何時《いつ》の間《ま》にか伸びていと長し、
前額《ひたい》を盖《おお》ひ眼を遮《さえぎ》りていと重し、
肉は落ち骨出で胸は常に枯れ、
沈み、萎《しお》れ、縮み、あゝ物憂《ものう》し、
   歳月《さいげつ》を重ねし故にあらず、
   又た疾病《しつぺい》に苦《くるし》む為ならず、
   浦島が帰郷の其れにも
   はて似付《につ》かふもあらず、
余が口は涸《か》れたり、余が眼は凹《くぼ》し、
  曽《か》つて世を動かす弁論をなせし此口も、
  曽つて万古を通貫したるこの活眼《かつがん》も、
はや今は口は腐《くさ》れたる空気を呼吸し
眼は限られたる暗き壁を睥睨《へいげい》し
且つ我腕は曲り、足は撓《た》ゆめり、
嗚呼《ああ》楚囚! 世の太陽はいと遠し!
噫《ああ》此《こ》は何の科《とが》ぞや?
 たゞ国の前途を計《はか》りてなり!
噫此は何の結果ぞや?
 此世の民に尽したればなり!
    去《さ》れど独り余ならず、
吾が祖父は骨を戦野に暴《さら》せり、
吾が父も国の為めに生命《いのち》を捨《すて》たり、
 余が代《よ》には楚囚となりて
 とこしなへに母に離るなり。

   第三
獄舎《ひとや》! つたなくも余が迷《まよい》入れる獄舎は、
 二重《ふたえ》の壁にて世界と隔たれり、
左《さ》れど其壁の隙《すき》又た穴をもぐりて
 逃場《にげば》を失ひ、馳《かけ》込む日光もあり、
余の青醒《あおざ》めたる腕を照さんとて
 壁を伝ひ、余が膝の上まで歩《あゆみ》寄れり。
余は心なく頭を擡《もた》げて見れば、
 この獄舎は広く且《かつ》空《むな》しくて
中に四つのしきりが境となり、
 四人の罪人《つみびと》が打揃ひて――
曽《か》つて生死を誓ひし壮士等が、
 無残や狭まき籠に繋《つなが》れて!
彼等は山頂の鷲《わし》なりき、
 自由に喬木《きようぼく》の上を舞ひ、
又た不羈《ふき》に清朗の天を旅《たび》し、
 ひとたびは山野に威を振ひ、
剽悍《ひようかん》なる熊をおそれしめ、
 湖上の毒蛇の巣を襲ひ
世に畏《おそ》れられたる者なるに
 今は此籠中《ろうちゆう》に憂《う》き棲《すま》ひ!
四人は一室《ひとま》にありながら
 物語りする事は許されず、
四人は同じ思ひを持《もち》なが
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