一局部の原野にあらず、広大なる原野なり、彼は事業を齎《もた》らし帰らんとして戦塲に赴かず、必死を期し、原頭の露となるを覚悟して家を出《いづ》るなり。斯の如き戦塲に出で、斯の如き戦争を為すは、文士をして兵馬の英雄に異ならしむる所以《ゆゑん》にして、事業の結果に於て、大に相異なりたる現象を表はすも之を以てなり。
愛山生が、文章即ち事業なりと宣言したるは善し、然れども文章と事業とを都会の家屋の如く、相接近したるものゝ如く言ひたるは、不可なり。敢て不可といふ。何となれば、聖浄にして犯すべからざる文学の威厳は、「事業」といふ俗界の「神」に近づけられたるを以て損ずべければなり、八百万《やほよろ》づの神々の中に、事業といふ神の位地は甚だ高からず。文学といふ女神は、或は老嬢《ヲールド・ミツス》にて世を送ることあるも、卑野なる神に配することを肯《がへ》んぜざるべければなり。
京山、種彦、馬琴の三文士を論《あげつら》ひて、京山を賞揚せられたるは愛山生なり。其故いかにといふに、馬琴は己れの理想を歌ひて馬琴の文学を衒《てら》ひたるに過ぎず、種彦は人品高尚にして俗情に疎《うと》きところあり、馬琴によりては当
前へ
次へ
全18ページ中5ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
北村 透谷 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング