師に至りては、其費やすところの労力は直《たゞ》ちに有形の楼閣となりて、ニコライの高塔の如く衆目を引くべきにあらず。衆目衆耳の聳動《しようどう》することなき事業にして、或は大に世界を震ふことあるなり。
 天下に極めて無言なる者あり、山岳之なり、然れども彼は絶大の雄弁家なり、若《も》し言の有無を以て弁の有無を争はゞ、凡《すべ》ての自然は極めて憫《あは》れむべき唖児《あじ》なるべし。然れども常に無言にして常に雄弁なるは、自然に加ふるものなきなり。人間に若し自然の如く無言なるものあらば、愛山生一派の論士は其の傍に来りて、爾《なんぢ》何ぞ能く言はざると嘲らんか。
 人間の為すところも亦|斯《かく》の如し。極めて拙劣なる生涯の中に、尤も高大なる事業を含むことあり。極めて高大なる事業の中に、尤も拙劣なる生涯を抱くことあり。見ることを得る外部は、見ることを得ざる内部を語り難し。盲目なる世眼を盲目なる儘に睨《にら》ましめて、真贄《しんし》なる霊剣を空際《くうさい》に撃つ雄士《ますらを》は、人間が感謝を払はずして恩沢を蒙《かう》むる神の如し。天下斯の如き英雄あり、為す所なくして終り、事業らしき事業を遺すこ
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