道に対する躓石《しせき》ならんかし。近く人口に鱠炙《くわいしや》する文里の談《はなし》の如き、尤も此説を固からしむるに足る可し。
次に粋道と恋愛と相撞着すべき点は、粋の双愛的ならざる事なり。抑も粋は迷はずして恋するを旨とする者なり、故に他を迷はすとも自らは迷はぬを法となすやに覚ゆ。若し自ら迷はゞ粋の価直既に一歩を退《しりぞ》くやの感あり。迷へば癡なるべし、癡なれば如何にして粋を立抜《たてぬ》く事を得べき。粋の智は迷によりて已《すで》に失ひ去られ、不粋の恋愛に堕《お》つるをこそ粋の落第と言はめ。故に苟《いやし》くも粋を立抜かんとせば、文里が靡《なび》かぬ者を遂に靡かす迄に心を隠《ひそ》かに用ひて、而して靡きたる後に身を引くを以て最好の粋想とすべし。我も迷はず彼も迷はざる恋も粋なり、彼迷ひ我迷はざる間も或は粋なり、然れども我も迷ひ彼も迷ふ時、既に真の粋にあらず。
今「伽羅枕」を読むに粋の粋を写さんとせし跡、歴々として見受けらる。佐太夫なる一美形の生涯に想像したるところを悉《こと/″\》く此粋に帰す可きにはあらねど、其境界より見れば、即ち世の俗粋をたらかし尽し、世の金銀を砂礫と見做《みな
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