》し、世の栄華を色道の中に収め尽さんとせし心意気を見れば、彼れの出家前の日々の生涯の半ばは粋道の極意を貫ぬくにありし事知る可し。読者若し詳《つまびらか》に「伽羅枕」の後半部を読まば、彼の義気、彼の侠気、彼の毒気とを兼ね合せて、一条の粋抜く可からざるあるを見む。其の田島に対するを見よ、其幼児に対するを見よ、其幸助に嫁して後に、正助の嘱《たの》みに応じて富四郎を難なく説き伏せたる後、又た正助にも股を喰はせし粋気を見よ。而して最後に猛然悔悟して、横死《わうし》せしめし三十有余の癡漢の冥福を祈るに至りしを見よ。之れ即ち粋の本性にはあらずや。
佐太夫始めより真の恋を味はゝざるに似たり。対手とするところ多くは霜頭の老爺にして、自らを盲目とすべきものに会はざりし。否《い》な会はざるにあらざるべし、作者の彼を写して粋癖を見《あら》はすや、已《すで》に恋愛と呼べる不粋者を度外視してかゝれるを知らざる可からず。粋癖なる者の、堅固なる恋愛の敵にして、凡てのフレールチーと相伴はざるを表はすを知らざる可からず。粋の凝りたる者には、如何なる者も矢を向くる事能はざるを示せし著者の粋道の理想、高しと言はざる可からず
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