し恋愛の性をして白昼の如くならしめば、古来大作名篇なる者、得難かるべし。恋愛が盲目なればこそ痛苦もあり、悲哀もあるなれ、また非常の歓楽、希望、想像等もあるなれ。「恋と哀は種一つ」と巣林子が歌ひけるも、恋愛が白昼の如くならざるよりの事なり。故に恋愛が人を盲目にし、人を癡愚《ちぐ》にし、人を燥狂にし、人を迷乱さすればこそ、古今の名作あるなれ、而して古今の名作は爰《こゝ》を以て造化自然の神《しん》に貫ぬくを得て、名作たるを得る所以なり。然るに彼の粋なる者は幾分か是の理に背《そむ》きて、白昼の如くなるを旨とするに似たり。盲目ならざるを尊ぶに似たり。恋愛に溺れ惑ふ者を見て、粋は之を笑ふ、総じて迷はざるを以て粋の本旨となすが如し。粋は智に近し、即ち迷道に智を用ゆる者。粋は徳に近し、即ち不道に道を立つる者。粋は仁に邇《ちか》し、即ち魔境に他を慈《いつく》しむ者。粋は義に近し、粋は信に邇し、仮偽界に信義を守る者。乃《すなは》ち迷へる内に迷はぬを重んじ、不徳界に君子たる可きことを以て粋道の極意とはするならし。之れ即ち恋愛の本性と相背反する第一点なり、凡《すべ》て恋愛は斯《かく》の如き者ならず、粋道は恋愛
前へ
次へ
全10ページ中6ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
北村 透谷 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング